第15話 Cause

「あらま」

 気の抜けるような声が来客用のソファの方から聞こえ、アアヤはそちらに視線を投げた。

 こう言う時は大抵ろくでもないことが起きたのだと分かるくらいには、アアヤはヤマサカのことを理解していたし、より付き合いの長いカエデなんかは尚更であった。

「何が起こりました?」

 即座にカエデがヤマサカに声をかける。

 その声は明らかに警戒心バリバリなものであったが、作業は中断していない。さすがである。

 アアヤの作業はヤマサカの次の言葉を待つあいだ中断され、緊張の発表を待っている。

「いやね、想定外の活動が視えた。こりゃ、早速ダメな時が来たみたいだ」

 アアヤとカエデはほとんど同時にため息を漏らした。

 二人ともなんとなくそんな気がしていたのだ。

「それで、規模の程は?まさか『災害』ではないですよね」

 カエデは流石に作業を止め、ヤマサカに投げやりに問いかけた。

「そこは安心していい。被害者は今のところ一人。気づいたからには助けなきゃいけないことには変わりないけど、そこまで切迫しているわけでもない。十分間に合うさ」

「ほんとうですか〜?」

 アアヤが疑念の籠った視線をヤマサカに向けるが、彼はそれを気にした様子もなく嘯く。

「本活動じゃないからね。大したことはないはずだよ」

「それではどうします?危機的状況ではないとはいえ、悠長にもしてられないのでしょう」

「それじゃあ、とりあえずカエデに行ってもらうかな。その間の押し付けた仕事に関しては私がやっておくさ」

 ヤマサカはそう言うとどっこいしょと立ち上がった。

 カエデも心得たもので、それを受けて即時に行動を開始する。

「わかりました。行ってまいります。ですがくれぐれも余計なことはなさらないでくださいね?」

 カエデの去り際の捨て台詞はある種の憂さ晴らしか。

「そんなに信用ないかな」

 ヤマサカが呟いた言葉に思わずその通りと言ってやりたくなったアアヤであるが、この人は確かに仕事自体ができないわけではないのだ。

 ただ時々、放置しても問題ないだろうが、さりとて直さないと気持ち悪いような悪戯を残していくのである。見る人が見れば分かる、ある意味で間違い探しのような。

 気がついてしまえば、直さずにはいられない。

 もう面倒臭いから誰も何も言わないし、そもそも本人も分かっててやっているから言うだけ無駄である。というか、言われるのを期待している節すらある。あ、気づいてくれた?みたいな。

 直接的には被害がないのもなんか逆に腹立たしかった。



「戻りました」

 カエデの第一声はそれだった。

 特に感情の起伏も感じないような平坦な声音ではあるが、どことなく疲れているようにも感じられる。硬い上に分かりずらいのがこのカエデと言う男の特徴の一つである。

「どうでした?思ったより早かったですけど」

 カエデが席についたのを見計らってアアヤが問いかける。

 ちなみにヤマサカは彼が帰ってくるのを視ていたようで、ちょっと前にそそくさと後片付けをして元の場所に戻っていた。

 それもあって、カエデが戻ってくることをアアヤは把握していたが、彼女が予想していた時間よりも早い時間で彼が戻ってきたことに違いはない。

 それだけ容易だったのかとも考えられたが、それにしてはカエデが疲れているように見えるのは気に掛かる。

 カエデとしても自分が疲労しているのは認識している。

 そう、救出自体は容易だったのだ。

 ただ、その後がいただけない。

 想像以上に簡単な仕事になったのでついでに現地調査でもと思ったのがよろしくなかった。

「あそこは留まれば留まるほど危険です」

 カエデは一瞬、苦虫を噛み潰したかのような表情をする。自分の油断を恥じ、次回はないと心に刻みつけたのだ。

「あれは迷宮だね」

 ヤマサカが唐突に口を開いた。

 今までソファで眠るように目を閉じていた彼は、得心がいった、とでもいうように小さく頷いた。

「迷宮?」

 アアヤはヤマサカの言葉を繰り返した。

「そう、進めば進むほど入り組んで、引き返そうと思った時には進んだ分だけ帰りが辛い。真夜中の森。イメージとしてはそんな感じ。多分、彼の精神構造にそういった認識があるんだろうね」

 分かるようで分かりずらい、ヤマサカらしい曖昧な説明。しかしヤマサカの言葉は適当なようで、いつも的確である。それは彼の持つ「第六感」に起因している。

 彼はそれを千里眼と呼称するが、それは文字通りの能力のようで、異様なほど多くを見通す。それ故に彼が得る情報量も多く、その推測も思いつきの範疇を超えたものとなっているのだ。

 だからこそ、ヤマサカの言葉は無碍にすることができず、さりとてはっきりとしないから振り回される。

「では、なるべく深くに行かないようにしなくてはならない、と?」

 カエデがヤマサカに確認をとる。彼の言葉は適当に聞き流すと、後で面倒なことが起こりかねないからだ。

「被害者次第なのは違いない。でも方針としてはその方向がいいと思う。ただ、全面解決を図るなら、進まない訳にはいかないだろうね」

 進めば進むほどリスクが高まるが、放っておくのもまた別のリスクが浮上するというジレンマ。

 ヤマサカの推察により、リスクの選択が可能となっていると考えればこれ以上を望むのも我儘と言うものなのかもしれない。

 ヤマサカの千里眼だって「多く」を見通すだけで、「すべて」ではないのだ。

「では、当面は様子見ということで宜しいのですか?」

 暗に解決を急かすカエデの訴えはヤマサカに届いたのか否か。カエデの向けた鋭い視線にヤマサカは平然と応えた。

「構わない。というか今は、それが最善」

 曖昧な言い回しに、アアヤはヤマサカが何かを意図的に話していないことを直感する。

 例の「別に直さなくてもいいが気づいたら直したくなる悪戯」だ。

「そういうことにしておきます」

 アアヤのその言葉を皮切りに、カエデもため息をついて席に座り直した。

 納得はしていないが、現状は押し切る材料がないためだ。それに、カエデとてヤマサカの能力を過小評価していない。

 最善というのならそれは「最善」ではあるのだろう。

「うん、よろしくたのむよ」

 いつものように笑顔を貼り付けて頷いたヤマサカの顔は、いっそ清々しいほど晴れやかであった。

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