第14話 ツム
ついてない。
僕は迫り来る玩具の山を避けながら、小道を右へ左へと蛇行しつつ走った。
雪崩は勢いがあるが、逃げられないほどではない。
しかし全速力ではないとは言え、それなりに速いペースで走り続けていることは変わららず、そろそろ脚が重くなってくる。
恥ずかしながら、僕はあまり持久力がある方ではない。
このままでは埒が明かないとは思いつつも、ガラガラと崩れ落ちる音を背景音楽に、ひたすらに走っている。
アクション映画か何かならば、クライマックスシーンにでも当たるのであろうか。
迫り来る何かから必死に逃げているという点で言えば実にそれっぽい。
違うところと言えば、それが爆発ではなくて、玩具の山だということだろうか。
なんか、格好はつかないな。
なんにせよ、このままでは力尽きてしまう。
玩具の濁流は際限なく、僕が通る道を全て飲み込むようにして侵食してきていた。
高いところに登ろうにも、一時凌ぎにしかなるまい。
だが、何か手を考える意味では、その一時は有効な手段となるかもしれない。
問題は、それをやったとして、本当に有効打を考えつくのか、というところだが……
「どうにでもなっぁれっ」
半ばやけくそに傍の塀に跳び付く。助走をつけ、駆け上がるようにして塀の縁を掴む。
懸垂の要領で身体を引き上げ、右腕を支えにして塀の上によじ登る。
そのまま、塀を伝いさらに上へと登れそうな場所を探す。
チグハグな世界に、この時ばかりは助けられた。
すぐに手頃な屋根を見つけてそこに飛び移った。
そして、すぐさま下の状況を確認する。
目立って奇妙なことが起きている様子もなく、奇妙な濁流はさっきまで僕の走っていた道を覆い尽くしてそのまま流れていってしまった。
「は……」
そこまでやって、やっと一息着いた僕は屋根の上に身体を横たえる。乱れる呼吸をなんとか整えつつ、右肘のあたりに鈍い痛みがあることを認識する。
長袖を着ていたとは言え、ざらついた材質の塀に目一杯擦り付けたので、多分擦り傷ぐらいはできているだろう。
地味に痛いが、いま大した怪我を負っていないことを考えれば、そのくらいなんてことはない。
敢えて言うなら「幸中の災い」もしくは「必要経費」だ。
呼吸も一通り落ち着き、あらためて下の様子を確認する。
ざっと見ただけでも、水嵩、いや玩具嵩がましているのが確認できる。
やはり、そう長くは持たない。
そうこうしているうちに屋根の下ではガラスが割れる音がして、雪崩が流れ込んできていることを知らせていた。そのうち、建物自体が歪む音も聞こえてくることだろう。
ゆっくりとはしていられない。
しかし、逃げるとしてもどこに逃げれば良いというのか。
がむしゃらに逃げ回ったところで、いずれ状況は先の焼き直しだ。
つまり、おもちゃの濁流に追いかけ回される。
場合によっては、と言うか十中八九、その時の状況はさっきより悪化していることに違いない。
手詰まり。
現状の僕にはこの状況を打破できる手が思いつかない。
一石を投じると言うが、そもそも投じる可き石が存在しない。ので、様子見もできない。
これはもう、文字通り。
屋根をひっぺがして投げようかと考えるも、残念ながら剥がれない。
というか、そもそも投げたところで多分、意味がない。
僕の気持ちは時が過ぎるほどに急くが、アイデアというのは急かされるのが嫌いらしい。一向にひらめきのないまま、締め切りを過ぎても考え続ける勢いだ。
もう、足元ではぎりぎりと建物が歪む音が聞こえ始めていた。
パニックとは言わないまでも、ことさら思考にまとまりが無くなり始めたのを感じる。
このまま死んだらどうなるのだろう、とか、そういえばあれ残ってたな、とか。あ、こうすればいけるのでは、とか。遺書とか残しとけばよかったなんて思ったりもした。別に死ににきたわけではないのだが。
取り止めのない心の声が思考の殆どを埋め尽くした頃、臨界に達した建物の柱が折れる音がした。
そしてそれを皮切りに、僕の立っている屋根が大きく揺れ始める。
まずいと思った時には既に遅い。
僕は大きな揺れに立っていられず、倒れ込むようにその場に伏せた。
幸い、まだこの屋根が濁流に飲み込まれる様子はない。
選んだ建物が良かったのだろう。
これが、コンクリートの四角い建物であれば、すぐに波に身体を攫われていたに違いない。
それに、よじ登れる高さだったのも幸いだ。流石に高過ぎると登りきれなかった。
波に流離うイカダのように、僕の乗った屋根は玩具の本流を漂った。
騒々しい音を撒き散らしながらも、僕は流れに乗って、「どこか」へと進んでいく。
今、無事に生存できている自分のことを省みて、思う。
僕は、存外運が良いのかもしれない。
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