第12話 メイキュウ
声が聞こえた。その場に近づくほどに大きく、頻繁に。
時には、どこかで聞いたことがあるような、それでいて聞きたくもないような声。
時には、懐かしくて、悔しくて、涙が滲みそうになるような声。
時には、嬉しくて、悲しくて、叫びたくなるような声。
ただ、そのどれもが、僕を目的地へと導いているのを感じさせる、その指標である。
一歩づつ足を踏み出す。
意識的にそれをしないと、今にも引き返したくなる。
臓腑が引き絞られるようで気持ちも悪い。
けれども進んだ。
進んでみようと思った。
それで何かが変わるとは思っていない。
きっと合理的でもない。
それでもやってみる。
やってみなければならない。
最後に一歩、踏み出した足が叩いたコンクリートは、異様に音を反響させた。
さながら縦穴に飲み込まれたかのように乾いた音。
立ち止まり、周りを見渡す。
いつの間にか、さっきまでパラパラと散っていた雪までが見えなくなっていた。
見える景色はしかし、どこか歪んでいて、度が合っていない眼鏡をかけているかのようにおぼろげで、正確な像を結びにくい。
試しに手を顔の前に持ってくる。自分の視界は正常であることが分かった。
つまり、正確に景色を捉えた結果がこの光景なのだろう。
前回とは違うその世界に戸惑いつつも、僕はまた足を踏み出した。
自分にできることなんて、そんなに多くない。
とにかく、進んでみる。
この世界は不思議な景色をしている。
もとの世界と同じようで、基本的に無理矢理につなぎ合わせたかのようにチグハグで、かと言ってそれが不自然ともさほど感じない。
よく見ればおかしいところはあるのだが、そもそもかすんでいて歪んでいる景色の中からそれらを見つけ出すのもなかなか難しい。
だから、ただなんとなく歩いている分には、夜道を歩いているのと感覚的には変わらない。
何度目かの曲がり角を曲がったあたりで、僕はその場所を一度通ったような感覚に陥った。
それが正しい感覚なのか、それとも森で迷うように同じような景色に錯覚したのかは定かではない。
だけどこの時はなんとなく、廻ってきたんだなと思った。
同じ場所をぐるぐると迷い続けるのは、前回の時と同じだ。前回と違うのは、今回は目的が決まっていることだろうか。
道を変える。
思考の合間を縫って、奥へ奥へと足を運んでいく。
進めば進むほど、世界はより鮮明なものへと変わっていく。
整合性が生まれてくる。
気づけば、そこは見慣れた場所。
だが、あるはずもない場所。
タイルで覆われた家屋、地面に引かれたひび割れた白線、どこかでみたことがあるような役に立たないカーブミラー。その全てが違和感と存在感を放っている。
なんというか、なんでそんなところに。と感じさせる場所にあるのだ。
家屋の脇にカーブミラーが置かれていたところで、肝心のカーブがないのだから仕方ない。
なんて思いながら歩いていた僕は、その窓から何かが飛び出してくることに気がついた。
驚いた僕は咄嗟に横跳びしてそれを避ける。
それはどこかで見覚えのある玩具。
間髪を入れずまた別の窓からそれらが飛んできた。
嫌な予感がし、僕は全力で走り出した。
さっきまで僕がいたところに大量の玩具が飛び出し、それが道を埋めていく。まるで雪崩のようにプラスチックの塊が流れだし、その勢いは未だ止まらない。
走る僕に向けてさっきとは別の窓から玩具が飛んでくる。硬い上にそれなりに質量のある物体が飛んでくるわけだから、当たればそれなりに痛い。
仮に、頭にでもあたれば結構なダメージになる。
腕を顔の上に掲げてその細道を突っ切るように走り抜ける。
一心不乱に細道を抜けた先にあったのは別れ道。定規で引いたように角ばった十字路が僕の目の前に広がっている。
どこに進むのか、迷っている時間はなかった。
僕を追う音が次第に大きくなってきている。
『……………………』
不意に、右の道から微かに何かが聞こえた。
僕はそれ以上何も考えずに右に進路を取った。
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