第11話 Disaster

誤魔化すこともせず、彼は大口を開けて欠伸をする。

 昼の太陽が窓際に立っている彼の髪の毛に照り返し、その縁取りを七色に縁取っている。

 その立ち姿だけならば、なかなかに映えるものなのだが、残念なことに彼はそれを台無しにしてあまりある人格をしている。

 大体、部下が忙しなく仕事をしている中で、退屈そうに日向ぼっこをしている時点でどうかと思う。

「ヤマサカさ〜ん。暇なら手伝ってくださいよ〜」

 それを忙しい中でも目敏く見つけた彼女は、仕事の手を止めることなくヤマサカに呼びかけた。

「暇じゃないよ、ちゃんと仕事してるって」

「立ってるだけじゃないですか」

「いやまあ、そうなんだけどさ」

 ヤマサカは暇ではないという。どう見ても暇なようにしか見えない。

「ちょっとくらい手伝ってくれたっていいじゃないですか。というか、もともとヤマサカさんの仕事じゃないですか」

 彼女の言葉は次第に怨嗟の籠ったものへと変化しつつある。

 さもありなん、彼女は今日来てすぐに、彼に新たな仕事を押し付けられたのだ。

 当然、不平不満は出てくる。

「それは謝るけどさ……多分そろそろだと思うんだよ」

「何がですか」

 煮え切らないヤマサカの返事に苛立ちを隠せない彼女の言葉は鋭いキレ味。

「災害」

 ヤマサカの言葉は簡潔だったが、ある種の重みを持って彼女らの耳に残った。

「災害ですか?」

 彼女の前の席から、同僚の声が聞こえてきた。

 彼もヤマサカに仕事を押し付けられた一人であり、いわば彼女の仲間だ。しかし、彼女とは違い、なんの文句も言わずに黙々と作業をこなしていた。流石に付き合いがながいだけあるということだろうか。

 だが、そんな彼も今回の言葉は気にかかったらしい。

 「災害」。それはこの場所においては、かなり強い意味を以って使われる。世間でいう事故や殺人などと同列で語られることはない。

「ただまあ、それと我々に仕事を押し付ける理由に関連性があるとは思えませんがね」

 続けて紡がれた彼の言葉は、ヤマサカに説明を求めるものであるのは確かだった。

「カエデ、お前はこないだ会ったろ?セカイ君」

 ヤマサカはカエデに向かってそう問いかけた。

 問いかけ自体には意味のない、ただの前置き。当然、彼女らはヤマサカの次の言葉を待つ。

「一つ、でかいのが彼を媒介にしてるんだよね」

 軽やかに出てきたその言葉は、到底軽視していい内容ではない。

「はやく止めないといけないじゃないですか!」

 彼女は今にも走り出さんとする気勢で立ち上がるが、それをカエデが手で制する。

「アアヤ、少し落ち着きましょう」

 アアヤはそれを受けて素直に腰をおろす。ただ、完全に納得したわけではなく、渋々といった感じだ。

「わざわざあなたが気に掛けるほどだから何かしらあるものだとばかり思っていましたけど、そういうことだったんですね」

 カエデはヤマサカとの付き合いがアアヤよりも長い、それ故にヤマサカが何を求め、何を企てているのかも多少、理解があった。それゆえに、結論を急ぐことをしなかったが、しかし「災害」である。それが起こる規模のものを放置しておく危険性も理解していた。

「見込みはあるのですか?」

「それはわからないよ」

「………」

「大丈夫さ、そのために私が”視てる”。まだ本格的に活動はしていないうちは私だけでもなんとかなるよ」

 押し黙ったカエデに対して、ヤマサカはそう言い切る。

「ダメな時、その時は頼むよ」

 

 結局、その日の仕事をヤマサカがやることはなく、仕事を押し付けられた二人が忙しい思いをしただけだった。

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