第7話 メイソウ2/2
適当な晩御飯を用意して、それを食べる。
今朝炊いた米をタッパーから取り出し、電子レンジで片手間に温め、無難に味付けをした豚肉を炒め、適当に刻んだ具材を放り込んだ味噌汁を煮込む。
手の込んだ料理をして食べたいと思うほど、僕は食に興味はなかった。それなりに美味しければそれでいい。
食べ終え、片付けも終え、それから何をするかを考える。いくぶんか気分も落ち着いて、これから何をするかを考える余裕ができたのだ。
ゲームでもしようか。
あぁいや、そういえば課題があったような気がする。早いとこ終わらせておかないと。
『幸せ』とは何か?
レポート課題の題目として課されていたのは、そんな哲学チックな内容だった。
期末試験の代わりに課されたレポート課題。提出期限までは二週間ほどある。
それをスマホで確認した僕は、その題目に一時は目を疑った。しかし、確認のために見直したところで、その内容に変化はない。
ちなみに字数に指定はないらしい。
人は自由に縛られている。なんて言ったのは誰だったか、まったくもってその通りだと思う。自由度が高すぎてもどこから手をつければいいのかが分からない。
「分からない」
とりあえずネットで幸せについて調べ、その日は終わった。
結局は、幸せとは何か?を説明できるような納得のいく「何か」はネット上から見つけることはできなかった。こういう時はとてつもない徒労感に苛まれる。まさに骨折り損の、というやつだ。目とか肩とか嫌に疲れる割には大した成果もない。
もっとも、本を一冊一冊吟味していく苦労に比べれば、そんな悩みも贅沢の一つと言えるかもしれない。
そしてその夜、僕はうだった頭で寝たせいか、夢を見た。
色々な出来事がごった返した玩具箱のような夢。
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『異界の存在に迫る〜詐欺師が語る「幻世」とはどのような場所なのか〜』がベストセラー。世界の権威が認める科学的な世界のあり方を示す本として提示された、幸せのバイブル。
というか、米、腐ってね?いや、そういう色なだけだろ。いやいやそんなことよりも、課題の提出期限が明日だった!
まあまあ、まずは腹ごしらえ。肉にはやっぱり、ニンニクと生姜と醤油だよ。適当でも美味くなる。
「まあ、その、なんだ。君には選択肢がある。幸せについて直視する道か、幸せから目を逸らして、適当に生きていく道か。どちらもまあ、幸せの形だろう。どれを選ぶとしても、私は君を応援するよ」
誰かがそう言って笑ったかと思ったら、僕は急にどこかへと足を移動し始めていた。
気づけば目の前には、よく分からないものが鎮座している。それは白い鬼だ。大きさは自分の腰ぐらいの高さだろうか。でもうずくまっているので、実際の大きさはもっと大きいだろう。僕の身長ぐらいはあるに違いない。
それに手を伸ばす。
鬼はその身体を見上げるほどまでにに膨らませ、いつの間にか、僕はそれを遠くから眺めていた。
その肥大化する巨体に併せて距離もどんどん離れていく。
どんどん、どんどん。どどんのどん。太鼓の音が聞こえる。
いや違うな。太鼓の音じゃない。
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海底から引きずり上げられるような感覚とともに、泥のような眠りから目を覚ました。
目覚ましのアラーム音はタオルケットに埋もれてしまい、振動のみが僕の身体を小さく揺さぶっている。
それを退けると、耳を塞ぎたくなるような音が部屋に響き渡った。
最悪一歩手前の気分でスマホの絶叫を止め、時間を見る。寝過ごした訳ではないということを確認して、枕に顔を突っ伏した。
変な夢を見た。内容はたぶん直ぐに忘れてしまうが、変な夢を見たという記憶はしばらく残るだろう。
そろそろ動き始めなければならない。
暖かい布団の抱擁から逃れるのに相当な気力を使ったが、最終的に僕はなんとかフローリングの床に足の裏を設置させることに成功した。
「んう………」
思い切り背伸びをして、体内に残留していた眠気を血流に乗せて押し流す。軽く目が眩むが、次第にそれもおさまる。
調子は悪いが天気は快晴、空は晴れても気分は晴れぬ。つまりはいつも通り。
そんななんでもない今日が、また始まる。
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