第6話 メイソウ1/2

 前を向いて歩いてはいたが、さっき聴いたヤマサカの話の内容は僕の頭から離れなかった。

 僕は今日、「イブツ」だの「幻世」だの、あまりにファンタジックでエキゾチックな「現実」を突きつけられた。それは今となっては信じられるが、もし実際に経験したものでなければ、そんな話を聞いたところで詐欺か何かだと思ったことだろう。

 要は、側から見れば新興宗教か何かにしか見えないということだ。

 しかし、現実として僕は「幻世」という別世界に迷い込み、「イブツ」という化物に遭遇し、「世界危機対策機構」なる組織の人間に助けられたのだ。そして僕はそこを尋ね、謎に対する「解」を授けられた。

 それはもう、物語の導入のような説明だった。

 そして、最後に投げかけられた言葉。

「君には大まかに二つの選択肢があると思う。あれらを無視する道か、あれらを直視する道か。ま、どちらを選んでも私はセカイに協力するよ」

 僕は、それについてすぐに答えることはできなかった。別に難しいことを聞かれているはずでもないのに、何かすごく大事なことを訊かれているようで答えるのが躊躇われたのである。

 そしてそれは、自分自身の優柔不断を象徴しているようで、自己嫌悪的な思索に耽る名目となった。

 なんでもすぐに決められる人に憧れている。

 決断力に優れ、適切な判断で人々を導くリーダーシップを持ち、みんなに慕われる存在。

 そんな絵に描いたような完全な存在が、僕の理想。

 しかし同時に僕は知っている。僕がそこに届くことは終ぞ無いという事。理想と現実の乖離に。

 理想を意識するたびに、その像が自分の作り出す影と、あまりに違っているものだから。

 ………全部が台無しになったように感じる。

「協力するよ、か」

 自虐的に呟いたその言葉に重みは感じられない。あくまでも、ただの小さな「音」として風に吹き流されていった。

 家への道筋を少し変えることをヤマサカに言われていたので少し周り道をし、狭い路地を通ったのだが、考え事をしながら歩き続けた僕は気づけば自分の部屋へとたどり着いていた。

 コートを適当に椅子に投げかけ、手を洗う。

 そこまでなんとか気怠い身体を操って、最終的にはベッドの上に身体を投げ出した。

 外気に触れていた耳がやけに冷たく感じる。

 

 しばらくそのまま突っ伏していると、何かをしなければという気持ちに駆られて、スマホを手元に引き寄せる。

 どこでも活字に触れられるこの小さな機械は、煮詰まってしまって循環する思考から離れる道具として非常に役に立つ。

 どうでもいいようなことが書かれた記事が、なんとなく開いたSNSのホーム画面に映し出される。情報ジャンクとでも言えるような情報群は、本当に知りたいことを調べる時には邪魔だが、こういう時にはもってこいだ。

『理想の恋人像は?』『彼氏が嫌がる彼女の行動Top10』『心理テスト「あなたの恋愛傾向が分かる⁉︎」』『大規模デモ参加者死亡、アミャリカ政府の対応問われる』『季節外れの開花』『エンジニアになりたい?それなら「エンジニアカデミー」』『今年度新卒採用率、昨年度に比べ0.2%増』『幸せの国「プタン」その秘密に迫る』

 少し眺めるだけでもそれだけの記事が見つかる。科学的根拠に薄弱なジンクスであったり、ろくに心理学を知りもしないで作ったような心理テスト、主観がこれでもかというほど盛り込まれたニュース記事であったり、いろんな記事が見つかる。

 それは、人々がこんなものを信じたい。知りたい。ということを如実に示しているようだ。

 くだらない。

 でも、今日の僕の行動にもそれは当てはまるところがあるような気がする。信じたい言葉を自分の経験という狭い了見(フィルター)を通して信じて、それについて思い切り思い悩んでいる。

 それが引き金となり、また思考が再開する。何度も何度も繰り返される。仕方ないとは分かっているのに、それらは自分の意志では止められない。

「ダメだ」

 無理矢理思考を打ち切るために、僕は立ち上がった。


 少し時間は早いが晩御飯にするとしよう。

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