第5話 シュツダイ

 工場が立ち並ぶ、重機械の上げる喧騒のやかましい地帯。その一角にそれは位置していた。

 周りの厳つい外装の建物の中に、この建物は妙に丸みを帯びていて、どこか浮いている。

 円形にせり出した、建物を囲む柵は錆ひとつなく小綺麗。その身長ほどもある柵の向こう側に庭園かと見紛うような緑色の空間が広がっている。

 開放されている門を潜り、石畳で舗装された小洒落た庭を抜け、戸口の前に立つ。

『世界危機対処機構 ニャポン・東北域支部』。外観に対して安っぽい立札に書かれたその文字は存在感こそないものの、そこがどこであるのかは明確に示している。

 名刺に書かれた住所を頼りにここまで来たが、やはり電話くらいした方が良かったかもしれない。

 そんな思いが僕の脳裏を過ぎる。そして、これでもう何度目かは数えていない。

 考えすぎが僕の悪い癖だということは分かっている。しかし、それを止めることはなかなか難しい。

 息を吸い、ゆっくりと吐き出す。嫌な鼓動を刻む心臓をなだめ、呼び鈴に手をかける。

「ようこそ。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 突然、後ろから声をかけられる。驚いた拍子に押された呼び鈴は、どこにでもあるような音を建物内に響かせた。

「失礼。驚かせてしまったね」

 そこにいたのは予想通り、ヤマサカであった。前回会った時と変わらぬ格好で、そこに立っている。

 そして、前回とは違うのは、後ろからもう一人、男性が歩いて来ていたこと。こちらもスーツ姿であることには変わらないが、短めに整えられた髪の毛、黒縁のメガネ、そして年齢は30程だろうと予測できるという点で、ヤマサカとは異なっている。

「いきなり真後ろから声を掛けるのはどうかと思いますよ」

 彼はやれやれとでもいう風に首を振り、僕の方に向き直った。

「うちの上司が驚かせてしまってすみません。どうぞ、中、入ってください。立ち話もなんですから」

 そう言うと、扉に手をかけて開けてくれる。どこか執事を思わせるような男だ。

「ありがとうございます。失礼します」

 僕は彼の言に従い、建物にはいる。

 中に入ると、ここが外観よりもずっと広い場所であることが分かった。建物の半分は地面に埋まっているような構造で、天井に吊るされたシーリングファンや、木造の手すり、開けた造り、が意識高いカフェのような雰囲気を醸し出していた。

 とても仕事場には見えない。

 案内に従って階段を降り、これまた小洒落たソファと丸テーブルが用意されたスペースに通される。

 双方が向き合って腰を下ろした頃合いを見計らって、ヤマサカが口を開いた。

「やっぱり、話すならこっちの方がいいね。何せ外はほら、うるさいし」

 確かに、外ではさまざまな音が場に散漫していた。そこで話をするには少し声を張る必要があったことだろう。

 それはいいのだが、それを差し引いても、この男が僕の真後ろにいつの間にか立っていたと言うことには未だ納得がいかない。彼の履いた靴や、ここまでの様子から考えるに、普通に近づいたのであれば、気が付かないなんてこともないと思うのだが。そう言えば、僕がここに来るのも分かっていたかのような口ぶりでもあった。

「僕が今日来るのが分かっていたんですか?」

「分かっていた、と言うより推測した、が正しいかな」

 ヤマサカはすまし顔でそう言った。

「理由もなんとなく、ね」

 ヤマサカは、少し間を置いてそう言うと立ち上がり、部屋の隅からホワイトボードを引っ張ってきた。

「カエデ、どっかに書くもの無かったっけ」

 カエデと呼ばれた男は、一緒に戻ってきてから自分の座席と思わしき場所で何やら仕事をしていたようだったが、面倒くさそうに隣の席に身体を伸ばし、引き出しを開けた。しばらく中を漁ったのち、二本ほどマーカーと思しき物体をヤマサカへと向けて放り投げる。とても上司への態度には見えないが、それらを受け取ったヤマサカはヤマサカで、気にもならないらしく「ありがとう」とだけ言って僕に向き直った。


「さて、じゃあ、セカイが訊きたいであろうことを話そうじゃぁないか」

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