第9話

10年前、

榛名は中学生、円佳はまだ小学生だった。

夏休みに家族で河口村、というところに来ていた。

山に囲まれた綺麗な湖があり、避暑地として人気の場所だった。西城家も毎年、宿泊用ロッジのひとつを借り、BBQや水遊びを楽しんでいた。

「円佳、みて!魚!」

「かわいいー」

あの頃、榛名は生き物が大好きだった。虫取もそうだし、魚とか、カエルとか、なんでも触れてたっけ。円佳は、魚はまだしも、虫やカエルはすこし苦手だった。

でも、円佳はいつも榛名の後をついて回っていた気がする。


三泊四日の旅行の最後の晩、村の主催で小さな花火大会が催される予定だった。

「そこの高台から見たい!」

昼間のうちに見つけていた展望台のようなロッジを指して、榛名が言った。

「いいぞ、行くか!」

父親のその一言で、夕方みんなで車に乗り込むと、山道をすこし登って、高台に家族で向かった。ところが、その日は朝から快晴だったにも関わらず、家族が高台につく頃にはなにやら怪しげな雲が空を覆っていた。

「これは、もしかしたら、中止かもねぇ。」

母は残念そうにそう呟いた。あと10分ほどで始まる予定だった。でも、たしかに空模様は怪しいが、雨はまだ降っていない。

「もう少し、待つ。」

こういうとき、榛名はすこし頑固だったし、両親も、それを分かっていた。

「10分だけよ。」


しかし、その10分で、天気は急変した。

突然、ザーザーと雨が降りだした。と思うと、ドシャン、という音と共に、湖の向こう岸で稲妻が何本も光ったのだ。

円佳は、母にしがみついた。

榛名も父の側で身体を硬くしていた。

そして、しばらく雨が降り続いたところで、ぴたりと、止んだのだった。

空には天の川が広がっていた。


結局、花火大会は開催されなかった。

突然の雨で火薬が湿ってしまったからだろう、と父は言った。

本当にそうだったかは、わからない。


「ねえ、さっきの雷、なんか変だったね」

その夜、榛名はぽつり、とそう呟いた。

「どうして?」

父は優しくそう聞いた。円佳は黙って聞いていた。

「いつもね、光ってから音が聞こえるまでの時間、数えてるの。秒数に、300をかけると、およその距離が分かるって、先生に習ったから。」

たしかに、そんなことをしていた。

「でもさっきはね、ほぼ同時だったの。あんな遠くに見えてたのに。」

そういう洞察力に優れてるのは、さすがというところだろうか。

「そうだったっけ。」

父親はなんとなく、うやむやにしたが、たぶんそれは分からなかったからだろう。大人はいつもそう。わからないこと、不思議なことはそうやってごまかす。

「先生にきいてみたら?」

母はそう言った。けど先生も、どうせはぐらかすだろう。

こうして、この日の雷の謎は、榛名と円佳の心の中にだけ、残り続けることになった。


もしかしたら、気のせいだったのかもしれない。そんなふうに思わなかったのは、旅行から帰った次の日に、不思議なニュースを見たからだ。


『○月✕日、北河口村の住人、数名が突如行方不明となりました。現在警察による捜索活動が続いておりますが、その前日に、雷が落ちたとの目撃情報もあり、雷による火災なども念頭に捜査を続けているとのことです』


ただの偶然、とはすこし思えなかった。

子供だからかもしれない。常識というものが、まだ心を支配していないから。

しかし、その数年後、榛名は、同じように心を常識に支配されることなく、歴史生物学という学問を極める、佐倉征爾という人物に出会う。

人生の転換点だった。

そして、榛名は研究者を目指すこととなる。

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