第7話

お母さんが、いなくなった。

何とか生きるために、山から下りてきた。

お金がもうないの、働く方法もわからない、何でもするから、助けてほしい。


たまたま雨宿りで同じ屋根を共にした子供が、まさかそんな問題を抱えているなんて、夢にも思わなかった。警察には?と聞いたが、首を振るばかり。

「とりあえず、ウチくる?」

不意を突いて出た自分の言葉に、円佳自身も驚いた。

が、泣きそうな顔で、うん、と頷いた彼女を見捨てることはできなかった。


「このアパートが私の家。お姉ちゃんと2人で住んでるの。」

「アパート?」

なんとなく、学校に行っていないのは分かったけど、社会のことを知らなさすぎる。

「まあ、こういうたくさん部屋のある建物のことよ」

「そうなんだ。ありがとう。」

敬語という概念もなさそうだ。

「お姉ちゃんはまだ、帰ってないと思うから。とりあえず、上がって?服、濡れてるよね。けどごめん、トワちゃんに合うサイズのはないかも。ちょっと待ってて。」

榛名に、何て言おうか、とりあえず、自分のスウェットを持ち出す。

まだ幼児体型の彼女に被せると案の定、ブカブカだったが、ひもを絞ってウエストを調整して、裾や袖をグルグル捲ってなんとか着せれた。

「よし!じゃあ、ご飯作るから。そこで待ってて」


朝の家事は榛名、夜の家事は円佳の担当だ。今日の夕食は、ジャーマンポテトとニラ玉炒め。

「じゃがいも、剥こうか?」

気がつくと、トワは円佳のとなりにいてそう申し出た。

「待っててくれればいいのに」

「でも、なんか悪い」

子供の癖に。と思ったが、きっと居心地が悪いのだろう。

「じゃあお願い」

彼女がじゃがいもを剥いている間に、ニラを少々無理やりちぎってフライパンに投入。卵を溶いて、さらに加える。

すると、ちょうどじゃがいもを剥き終わったところだったので、乱切りにして塩をふってレンジに突っ込んだ。

「玉ねぎ、切れる?」

「うん」

流れで玉ねぎも切ってもらう。その間にニラ玉が出来上がる。さらに盛り付けると、今度は空いたフライパンにベーコンを千切っていれる。それから、切ってもらった玉ねぎも。チーンと、レンジがなり、じゃがいもも加えて、コンソメで味付け。うん、いい匂い。


ふたりで作った夕飯を食卓で食べる。ついさっき会ったばかりなのに、家族みたいだ。

「ところでさ、なんで、この暑いのに、あんなスカーフしてたの?」

「お母さんが、街に行くときはいつもしてたから。わたしも。」

「そっか。会えるといいね、お母さん。」

「うん。」

大学の友達と食べるご飯とは違う、無意味じゃない時間だった。

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