第4話
虹は、かつて竜が天に上る姿だと考えられていた。
そもそも虹という漢字の、虫偏は生き物を表しているし、旁の工というのは貫くという意味がある。
雨が降った後、不意に現れる不思議な生き物、竜。それがかつての虹だった。
そんな魅惑的なストーリーは残念ながら、科学によってとうの昔に、ファンタジーの世界に閉じ込められてしまった。
雨雲が頭上から去り、現れた太陽の光が、隣町で降る雨粒に当たり、散乱・分光された結果現れるのが虹である。だから、晴れた日に太陽に背を向けホースで水をまけば、目の前に小さな虹を作り出すことだってできる。それはすごいことだが、その虹にはもう、命はない。
突然何の話だ、と思っただろうか。
だが、これが円佳の感じる閉塞感である。
今日の2限目の授業は、生命工学概論といって、3年生からのコース選択に向けて、各教授が自分の研究についてオムニバス形式で説明する講義だった。
今日の教授は脳波の研究をしており、脳波を使って手足を動かさずともPCを操作することを可能にするという話だった。技術は感動するし、これによって、体の不自由な人にとって、社会生活を送るうえでの可能性が広がる重要な研究であることは、とてもよくわかった。
だけれども、どこか寒々しい感じがした。
最近のこういった研究は、人間の活動は、一つ一つ分解すれば、すべて、脳から出される電気信号と、それに対する生体の反応になることが大前提だ。そんな味気ないものだろうか。
良い天気の中を歩く爽快さも、空が青いことへの小さな感動も、虹を見つけた喜びも、ただ、体の中で電気信号が流れただけ、でいいのだろうか。
もやもやとした気分のまま、授業が終わり、仲の良い子たちと購買へ向かう。
「眠かった~」
友人の一人がそういうので、意味もなく同調する。コミュニケーションは共感が基本だ。特に意味のないことであれば、とりあえず、共感しておけば無難だ。あえて、ここで自分感想を話す必要もない。
昼になってさすがに外は暑くなってきた。みんなで買ったパンをもって涼しいラウンジへ移動する。喋りながら食べていると、刺激的なにおいのするカップ麺を持った男子たちがやってきて隣の机に陣取る。そのまま、円佳たち、女子のグループと合わさって、ワイワイと昼休みを過ごす。
お互い、たまたま席が近くなったから喋っているだけ、という体だが、毎週あの授業の後はここで食べてるのをお互い知っていて、結局男女の戯れを望んで、こうなっている。現に、こちらのグループの女子一人と、カップ麺の男子は、最近デートをしたとかでいい雰囲気らしい。
ばかばかしく、面倒くさいが、あえてお昼を別で食べるのもそれはそれで、周りの目が面倒くさい。結局、いつも流されるままここに来て、無為な時間を過ごす。
人生そんなもんだ、と自分に言い聞かせながら。
本当にそうだろうか。
榛名は、そんなこと、思うのだろうか。
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