第3話

『今日は夜になると、急な雷雨が予想されます。雨具を持ってお出掛けください...』


世間が、忙しなく動き出す朝。目覚ましにたたき起こされ、暑苦しいスーツに身を包み、汗だくになりながら満員電車に乗る。そんな大人たちを横目に、西城円佳はのんびりと起き出して天気予報を見ながら朝食を食べていた。大学生はいいご身分だ。

「最近、天気、ころころ変わるよね。異常気象のせい?」

「かもね。こんだけ広範囲だと、そう考えるのが普通かも。」

円佳よりもすこし早く起きて、洗濯ものを干していた4つ上の姉、榛名が答える。榛名は大学院で、歴史生物学、という学問を専攻し研究している。

歴史生物学、といえば聞こえは言いが、すこし考えればなにやら文系とも理系とも解りがたい怪しい印象を受けるだろう。そして、その印象通り、やっていることもかなり特殊で、歴史や古典に出てくる生命体について研究する学問だ。

「ふうん。つまんない。」

円佳はすこし、竜のせいだ、という答をすこし期待していた。

「可能性は0ではないけいけどね。温暖化とか、環境破壊とか。そういうほうが今は主流よ。」

「んかってるよ、それくらい。」

パンを頬張り、牛乳で流し込む。

「ごちそうさま!」

「あれ?今日は1限?」

急いで部屋に向かう円佳に、榛名は不思議そうに言う。

「いや、2限から!けど、せっかく天気いいし、散歩がてら歩いていこうと思って」

「好きねえ。普通に電車で行くのが一番楽よ」

姉の言葉に軽い笑いで返事をすると、さっと着替えに部屋に戻った。



榛名と円佳は、大学に通うため、田舎を出て二人暮らしをしている。

家は両親とも働いていて、特段裕福でもないが、貧しくもない。榛名が大学入学と同時にこちらでひとり暮らしをはじめ、去年の春から、円佳も同じ大学に通うため、二人で暮らせるアパートに引っ越した。大学まではちょうど二駅。まだ暑くなりきらないこの時間帯、歩いていくのは心地よい。

ちなみに坂が多いので、自転車を使う選択肢は頭にない。

「いい天気…」

見上げた空には、青空に飛行機が飛行機雲を吐きながら、ゆっくりと進んでいる。

大して重くもないリュックを背負い直しながら、円佳もゆっくりと進む。


円佳の専攻は生命工学。思いっきり理系だし、再生医療や、クローン技術など、今最も流行りと言っても過言ではない分野だ。けれど、円佳は、迷っていた。このまま大学を卒業して、院でも生命工学をするか、はたまた、榛名と同じ、歴史生物学研究科に移るか。

榛名は、円佳が自分と同じ歴史生物学をやりたいなんて言ったら、反対するだろうな。それは今朝も榛名が言っていたように、世間からは、戯言としか捉えられないからだろう。だけど、円佳は知っていた。そう、表向きには冷めた態度を取りつつも、榛名が本気で竜の存在を信じていて、心底充実した研究生活を送っていることを。

どうせやるなら、自分も榛名のように、本気で楽しめる研究をしたい。円佳に映る榛名の姿は、そう思わせるに十分だった。


(まあでもまずは、単位を取らなくちゃね)

のんびり歩きすぎて遅刻しないよう、少し足を速めたのだった。

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