第2話

「トワー?トワー!ちょっと、こんなところで寝てたら風邪引くよー?」

ぴちゃん、ぴちゃん、と規則正しく落ちてくる雨漏りの音と共に、母の声が耳に届き、トワは、もそもそと起き上がる。

「ん...おかえり」

「ただいま。すぐ夕飯にするからね。溢れそうな缶、替えといてくれる?」

「はーい!」

夜になって、雨足は益々勢いを増していた。

いくつか溢れそうになっていた缶の水をバケツに移す。


母は濡れた服の上からエプロンを羽織り、早速夕食の準備に取りかかっていた。

いい香りが、台所からする。トワの好きなカレーの匂いだ。

物心ついた頃から母と二人暮らし。決して裕福ではない。晴れの日はトワも日雇いの仕事をするし、雨の日は雨漏りの番で、学校にも行けていない。

そんな生活で、毎日母と二人、一緒に食べる夕食は何よりの幸せだった。


「お母さん、明日は晴れるー?」

美味しい美味しいカレーを食べながら、トワは聞いた。

「ええ。晴れるわ。」

家にはテレビはないし、天気予報を知る術もなかったが、トワの母はなぜかいつも天気を当てる。そんな母か不思議だったが、自慢でもあった。

「じゃあ、明日はまた工事のお仕事行く!」

トワは、最近はよく、山道整備の仕事をしていた。子供には楽な仕事ではない。

「トワは晴れたほうがいい?」

「うん。気持ちいいし、留守番しなくていいもん。」

仕事のきつさより、一人留守番する寂しさのほうが勝っていた。

「お母さんは?雨のほうが好き?」

なんとなく、トワはそうなんじゃないかな、と思っていた。

「そうねえ。雨の日のほうが、帰ってきたらトワがいる。」

「へへ、そっか!じゃあ、明日は早く急いで帰ってくるよ!」

「転ばないようにね。母さんは待ってるから。」

「うん、転ばないよ。」






晴れた日は、お母さんのお弁当を持って仕事に行く。

「おはよーございます!」

「おう、おはよう」

仕事仲間のおっちゃんに挨拶をする。ここで働く人は、前科者だったり、よその国からの流れ者だったり、ワケアリの人たちばかりだ。そんな中で、トワはみんなのアイドルとして可愛がられていた。

仕事場は、家からちょうど一山越えたところ。坂を登りきると、湖が見える。快晴。朝日が水面に反射して、すこし眩しい。


学校には行っていないし、同年代の友達なんてもちろんいない。

それでも、ここが、トワの生きる世界。トワの居場所は確かに、ここにあった。

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