第4話
やばいだろうなぁ。
暗い場所で、一人呟く。呟くと言っても、実際に声を出すことなど出来ないが。
昨夜からの出来事は、朧気ながらも覚えていた。また儀式に使われたらしいが、どうやらあの嬢ちゃんのせいで中途半端に失敗したらしい。
中途半端。
それが凄くやばい。だが、俺にとっては僥倖だ。
さて、どうしたものか。やっと意識がはっきりしてきたんだ。このまま、また道具に成り下がるのも気に入らんなぁ。
あいつは俺を置いていったようだ。何のために俺を持って来たのだか。
周囲の様子を伺う。辺りは暗いが魂は見える。辺りの人間の魂は、いい具合に濁っている。俺とは相容れそうもないが、極平凡な若い魂達。濁り始めている魂達。
俺を拾った嬢ちゃんも、ここの人間とはそう相性が良くないようだ。魂が異質な人間は疎まれる。
だから、俺と出会った。
高笑う。心が踊る。
本当に、俺は運がいい。
そう思っているうちに、光が差し込んだ。
牛乳を3パック買って教室に戻る。
そういえば、教室にあのナイフを置いてきてしまった。ほんの数分だから大丈夫だとは思うが、まさか忘れてしまうとは。何のために学校にまで持ってきたのか、それほどお腹が空いていたのか。
牛乳を吸いながらちょっと早歩きで戻った。教室の扉を開ける。
明けた瞬間、違和感に気づく。何人かの女子グループがこちらを見ていた。彼女たちが居たのは、私の席の周り。
鞄の中身が、机の上にあった。大ぶりなナイフが晒されている。
「あんた、何持ってきてるわけ……?」
クラスが騒然としていた。普段おとなしい女が、鞄の中に大振りのナイフなど持っていたら当然か。
不思議と冷静だった。周りの人間が意味のないオブジェにしか見えていない自分に気づいた。
「いつも寝てばっかのあんたが今日は様子がおかしいから、クスリでもやったのかとおもってさあ。ちょっと見てみたんだけど、ある意味クスリよりやばいわよね、これ」
誰だっけ。苗字すら覚えてない。いつもクラスの中心で騒いで、私の安眠を妨げる誰か、そのうちの一人。
「先生に報告してもいいけど、まぁクラスメイトのよしみで黙ってあげててもいいけど。そうね、ここじゃなんだし、別の場所で話さない?」
その女がナイフを見せつけながら言う。その行為に何故だか無性に腹が立った。
それに触れて欲しくなかった。
「ちょっと、聞いてるの?」
無言で彼女の元に向かう。
「何を……」
「返して」
彼女の手からナイフを取り上げようとした。
予想外に真正面から、私が迫ってきたことに狼狽したのだろう。私が掴んだ手から逃れようと身を捩った。
そして、それがいけなかった。
彼女が振りほどいた手に追い縋るように私が手を伸ばすと、ナイフは私の手を貫いた。
血の気の引いた音を聞いた気がした。周りから。
私はといえば、彼女が手を離したナイフが自分の掌を貫いているのを、まじまじと見ていた。
痛みは感じなかった。
「わ、わたしは悪く無い! こいつがかってに……」
意味のない言い訳。そんなもの、この場に居た人間にはわかっているだろうに。
まぁ、いい。文字通り、ナイフは私の手に戻った。
「返してくれてありがとう」
そう言って踵を返し、私は教室から出て行った。
閉めた扉の奥から、悲鳴とも歓声とも付かない声が聞こえてきた。
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