第2話

 学校でのアダ名は眠り姫だった。本当に、四六時中寝ている女、というのが月宮諒斗という女についたアダ名だった。男みたいな女の名前。昔からその名前は嫌いだったから、眠り姫というアダ名でもまだいいかと思ってしまっていた。たとえそのアダ名の中、多分の揶揄を含もうとも関係はない。

 教室に着くなり机に突っ伏す。眠い。本当に眠い。だけど、今寝てしまったら、鞄の中のナイフがもし見つかってしまったらと思うと眠れない。

 何故持ってきてしまったのか。それは自分の目の届くところに置いておきたかったからだろう。それに、そのナイフには手放し難い何かを感じていた。

 ホームルームまではもう少し時間がある。朝の喧騒を煩わしく聞き流しながら、眠ることが出来ないのに、いつも通り眠っているふりをした。

 だが、今日はいつもとは違って、声をかけてくる人間が一人、隣の席にいた。

「月宮、起きてるか?」

 隣の席の男子、神楽(下の名前は忘れた)が妙に馴れ馴れしく話しかけてきた。どうせ眠れないので、顔を上げて答えた。

「どうして起きてるってわかったの?」

 声をかけた当人がちょっと戸惑った顔でこちらを見ていた。

「いや、本当に起きてるとは思わなかった。ただ、いつもみたいな寝息を立ててなかったからな」

「なんであんたが私の寝息を覚えてるのよ」

「そりゃ半年以上隣の席なんだから覚えるさ。眠り姫が珍しい」

「私にだって眠れない日くらいはあるの。で、何の用なの」

「いや、教室に入ってきた時、ひどい顔だったから……なんかあったのか?」

 そんなにひどい顔をしていたのだろうか。気分が悪いのは確かだったが。

「大丈夫。心配してくれるのはまあ感謝しておくけど、なんてことはないって。私だって体調の悪い日くらいあるわ」

「そうか。無理はするなよ」

「はいはいありがとう」

 神楽とはあまり接点はない。隣の席だが、私が起きている時にたまに会話をするだけで、それ以外は特に何もなかった。だけど、たまにこういうことを言ってくるのがなんだかむず痒い。

 そうこうしている間にチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。珍しく起きている私を担任が変な目で見ていた。

 眠りやすい現国と日本史の授業すら、今日は起きて過ごした。と言っても、まじめに授業を受けていたわけでもなく、なんとなくぼーっと黒板を眺めていただけなのだが。それでも普段眠りっぱなしの私が起きて授業を受けていたということがちょっとした珍事だったらしく、先生達は様々な反応を見せていた。何故か感動していたり、不気味そうな目で見たり。

 それは、このクラスにとってのちょっとした異常。でも、わたしにとっては……。

 鞄の中のナイフは音を立てずに静かに耳を澄ましていた。

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