事件の匂いがするのなら、あなたとともに何処までも――


「いいお天気ですね」


 琳は将生と並び、すぐ近くのコミュニティセンターまで歩く。


 まだピカピカの自動販売機、猫町4番地を眺めながら、

「喜三郎さん、どうして急に、片っ端からサークルに入ってみようと思ったんですかね?」

と琳は呟く。


「そうだな。

 なんでだろうな」


 そう呟く将生はいつも通りのようにも見えたが。


 なにかいつもと違うようにも見えた。


 将生は、ちょっとデートのようだ、と思い、緊張していたのだが、琳にはまったく伝わってはいなかった。


「ここがコミュニティセンターか。

 思ったより、近いな」


 将生は中にはまだ入らず、ロータリーで足を止め、敷地内全体を眺めている。


 ……事件現場に来て状況を確認しているかのようだ、と琳は苦笑したあとで言った。


「そうなんですよ。

 だから、コミュニティーセンターの帰りに寄ってくださる方も結構いるんですけどね」


 シンプルな色合いの猫町3番地の庭とは対照的な、鮮やかな色の花々が植えられていいる花壇のせいか。


 新しく塗り直されたコミュニティーセンターの白い壁のせいか。


 ぱあっと明るい雰囲気だった。


 春になったから、習い事をはじめてみようっ、と思って、ここに通い始めるというのもわかるな、と琳は納得しかける。


 ホールの中に入ると、少しひんやりしていた。


 壁の消防署のポスター横に、いろんな教室の一覧表がある。


「各曜日、いろいろありますね。

 月曜はコーラス、フラダンス、お習字、囲碁。

 火曜はヨガ、木工、生け花、将棋、社交ダンス……」


 なんか楽しそうですね、と呟いて、


「お前もやるのか?」

と将生に訊かれる。


「いえ、お店があるので」


 いや、今も店開けたまま来てしまっているのだが……。


「あ、今、カラオケもやってますね」


 そういえば、何処からか、演歌が聞こえてくる。


「喜三郎さんは陶芸だったか」


 そうなんですよね……と言いながら、琳は小首をかしげる。


「そういえば、俺の知り合いも退職後、暇になって、いろいろやってみてたな」

と呟いた将生が、


「とりあえず、陶芸の教室を覗いてみよう」

と言った。


「お邪魔してもあれなんで、窓からそっと覗いてみましょうか?」


 陶芸の教室が何処か確かめ、琳は花壇越しに窓から喜三郎の様子を窺った。


 喜三郎は、珈琲を淹れるときと同じ几帳面さでろくろをまわしている。


 微笑ましく眺めたあとで、

「行きましょうか」

と将生に声をかけた。


 もう一度、中に入り、各教室のチラシをもらう。


 歩いて前庭に出ながら、それを眺めていると、

「なにか気になるのか?」

と将生が声をかけてきた。


 はあ、まあ、ちょっと……と言いながら、琳は白い二階建ての建物を振り返る。




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