すがる相手を間違っている



「助けてくださいっ。

 刑事さんっ」


 英春ひではるは勢いあまってか、そう叫び、琳の腕をつかんできた。


 いや、刑事は、あっちです、と琳は佐久間たちを見るが、英春はなおも琳に向かい、訴えてくる。


「僕、傘で絵を破いただけなのに!」


「いや、だけとか言う問題じゃないだろ」

 人の物を壊しておいて、と将生が英春を叱った。


「被害者には謝りますっ。

 ムカつく奴だけどっ。


 破いたのは、俺の絵が凄すぎて、悔しかったんだろう。

 俺に負けたと認めるんだなっ、とか高笑いするのが目に浮かぶけどっ」


 なんか謝りたくなさそうだ……。


「店長さん……雨宮さんの傘もすり替えてすみませんでしたっ。


 でも、やってもないのに、殺人犯にはなりたくないですっ。

 助けてくださいっ!」

と英春は琳に泣きついてきた。


 だが、将生は冷ややかに英春を見て言う。


「俺たちにじゃなく、雨宮に引っ付いて、泣きついてる時点であまり反省してないように思えるんだが……」


「いや、何故ですかっ。

 反省してますよっ」

と言う英春に、将生は、


「じゃあ、雨宮じゃなく、そっちの二人のどっちかにすがりつけ」

と刑事である男二人を指差した。


 突然のご指名を受けた二人は、えっ? と戸惑いながらも、英春にウエルカムな姿勢を示す。


 さあ、おいで、という感じに佐久間があったかそうな腕を広げ、


 では、どうぞ、と生真面目な感じに椋木が細い腕を広げた。


「……いえ、結構です」

と言いながら、英春は琳から離れた。


 おばちゃんたちは、

「そりゃ、どうせなら、美人のおねえさんの方がいいわよねえ」

と笑っている。

 

「それにしても、別にすり替えたり置いて帰ったりしなくても、バレなかっただろうに」


 将生は英春にそう言っていたが、英春は、

「家にあの傘置いていたくなかったんです」

と言う。


「その、視界に入ると、ちょっと罪の意識が……。


 なんだかんだで、あいつも一生懸命描いた絵なんだろうし、とか思ってしまったり。


 それで、傘をよそに置き逃げしようと思って。

 ただ置いて帰ればよかったんでしょうが。


 ちょうどそこに、雨宮さんが僕のと同じような傘を持って現れて。


 霧雨の中、傘を差して歩く雨宮さんの姿があまりにも綺麗だったんで。


 この、犯罪なんかに縁のなさそうな清廉な美女が、僕の罪のあかしである傘を知らずに差して歩いてるとか、ゾクゾクくるなとか思っちゃって。


 美しく清らかなものを踏み散らかしてる感じがして」


「……いや、なんかお前の方が踏み散らかされてる感じだぞ」

と仕込み刀の傘を見ながら、将生は言う。


「なんてものを高校生に持たせるんだ……」

と何故か琳の方が将生に叱られた。






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