何故、お前の傘じゃないとわかる?


「何故、お前の傘じゃないとわかる?」

と将生に訊かれた琳は、


「それは……っ」

と言いかけ、口を閉ざした。


 ヤバイ。

 その理由を此処で言うわけにはいかない。


 この人たちが警察の人たちだからだ。


「……ともかく、私の傘ではないです。

 じゃあ、これ、犯行に使われた傘かもしれないですね」


 あっさり琳はそう言った。


「何故だ。

 似たような傘だからか」


「たぶん、何処かですり替わったんでしょうが。

 犯人がすり替えたのかもしれないです。


 凶器を自分の手許から遠ざけるために」


 そう言いながら、でも、変だな、と思っていた。


「事件が起こったの、いつでしたっけ?」


「六日前ですよ」


 椋木が教えてくれる。


「そうですか。

 じゃあ、違うかもしれないですね」


 そう言って琳は、おのれのものではなかった傘を見つめる。


「何故だ?」

と将生が問うてきた。


「だって、私がこの傘さして出かけたのって、此処、二、三日のことなんですよ。

 犯人は六日前から凶器の傘持ってたわけでしょう?


 なんで、今になってすり替えるんですか。

 私ならすぐに手放します」


 私ならって……という顔をした将生が言った。


「だから、なんでお前の思考はいつも犯罪者寄りなんだ……」


 だが、カウンターに座る佐久間は、

「いえいえ。

 犯罪者の考えに寄り添う。

 事件解決のためには、刑事として大切なことです」

と頷いていた。


 もれなく、

「こいつは刑事じゃないんだが……」

と将生に呟かれていたが。


「あ、でもまあ、簡単ですよね。

 これが凶器かそうじゃないか。


 ルミノールかけてみればいいんですよ」


 かけてもいいですか? と訊いて、将生に、

「いいぞ、別に。

 ほんとうに凶器なわけないからな」

と言われる。


 嫌味にもめげずに、琳は、はーい、と奥に入り、ルミノールをとってきた。


 新聞紙を敷き、その上に傘を置く。


「あ、すみません。

 暗くしてください」


 照明のスイッチがある場所に近い常連さんに頼む。


 よし来たっ、と張り切って消してくれた。


 外からの灯りや電気機器の灯りしかない中、琳は、まず傘の先端にかけてみた。


 喉を一突きにした疑いのある部分だ。


 ルミノールがかかった瞬間、青白い光が一瞬、光った。


「あっ」

「えっ?」

と息を呑んで見つめていたらしい客たちから声が上がる。


 今度は傘全体にかけてみる。


「あ、かけすぎちゃった」


 傘ではなく、ルミノールが飛んだ床が光った。


「待て。

 何故、此処の床が光るっ。

 殺人事件かっ」

と将生のものらしき声がした。


「いえいえ。

 此処でこけて擦りむいたことがあるので、それででしょう。


 前かけたときはなにもありませんでしたから」

と言って、


「何故、前かけたことがある……」

と言われる。


 刑事でもないのに、突っ込んで訊いてくる人だ……、

と思ったそのとき、椋木の声がした。


「光ったの、先の方だけでしたね。

 怪しいですね。


 被害者は強く喉を突かれましたが。

 実際、血はそんなに飛び散ってはいないみたいなんですよ。


 凶器の条件に合致してますね。

 これ、本当に犯行に使われた傘なのかもしれません」


 そのとき、何処かで誰かが、

「えっ?」

とまた言った。



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