何処にでもある傘

 

 将生は隣町の殺人事件の現場から逃げていく犯人らしき男の映像を椋木から見せられていた。


 チラチラと琳が覗いてくるが。


 首は突っ込みませんよ、と宣言してしまったせいか、珍しく遠慮がちだった。


 らしくもなく素早く注文の品を作っては出してくる琳に、ちょっと笑い出しそうになりながらも、将生は堪えた。


 だが、

「わかった。

 ちょっとだけ見ろ」

と根負けして言ってしまう。


 快く見せてくれた椋木の手前、琳は最初は静かにしようとしていたようだが。


 案の定、

「あっ、今のところ、止めてくださいっ」

と身を乗り出し、言ってくる。


「いやだから、ちょっとだけ見ろって言っただろっ」


 首突っ込まないんじゃなかったのかっ、と将生は言ったが、琳は、


「いや、此処は私、口を挟んでいいとこですよっ。

 この傘、私の傘とそっくりなんですっ」

と画面を指さした。


 なるほど。

 男の傘は琳の、なんの変哲もない青い傘とそっくりだった。


「待て」

と将生は言う。


「こんななんの変哲もない傘、何処にでもある」


「さっき、意外とないって言ったじゃないですか」


「普通な外見から想像するより、意外とないって言っただけだ」


 近くの席のおばちゃんたちにも聞こえたらしく、口々に言ってくる。


「そういえば、ビニール傘以外で無地の傘差してる人、あんまりいないわね」


「昔は小学校は無地の黄色って決まってたけど」


「でもあれ、交通安全のマークとか入ってなかった?」


「うちは入ってなかったわよ」


 ほんとうにこの店で話すと、だだもれだ……。


 誰も聞かないフリをしてくれない。


 将生はDVDプレーヤーをつかみ、琳に言った。


「雨宮。

 此処に映っているのは、犯行に使われたのかもしれない傘だ。


 お前の傘と同じだと言うのなら、お前が犯人の可能性もあるということだな」


 すぐ事件に口を出してきて、勝手に推理をはじめる琳に、お仕置きも兼ねて、強めにそう言ってみた。


「ということは、お前はこの男とグルで、犯人の一味ということだ」


 そう言いながら、将生は、どきりとしていた。


 この男とグルで、という言葉がやけに口の中に残る。


 この犯罪者かもしれない男と雨宮がグル。


 ということは、大抵の場合、この犯罪者と雨宮はできているっ。


 或る日、この店を訪れると、店が閉まっていて。


 トレンチコートを着た雨宮がスーツケースを手に、男と船に……


 まで妄想は広がっていた。


 ……まだ手配されていないのなら、飛行機で逃げた方が速いんじゃないか? 雨宮、とつい妄想の中の琳に忠告してしまうが。


 それとは別に、何故だか胸が、きゅっと痛くなる。


 いや、ただの妄想じゃないか……。


 っていうか、雨宮が男と逃げても関係ないし、と思う将生に琳が訊いてきた。


「ところで、これ、なんの事件なんですか?」


 椋木が横から説明してくれる。


「数日前起こった隣町の殺人事件です。

 被害者は鋭い物で喉を一突きにされていました。


 この傘の先端で突いた可能性があります」


 琳は小首を傾げたあとで、

「そうですか。

 じゃあ、犯人は私じゃありませんし、私の傘もたぶん、凶器じゃないです」

と言う。


 じゃあ、ってなんだ。


 条件が違えば、お前が犯人なのか?

と将生が心の中で突っ込んだとき、とある人物が猫町3番地を訪れた――。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る