こう見えてもプロなんで
やれやれ、やっと客が引けた。
琳がホッとした頃、将生がやってきた。
「あ、いらっしゃいませ~」
と言うと、
「ブレンドとサンドイッチ」
と言いながら、空いている右横に鞄を置き、将生はカウンター席に座った。
「……そういえば、この店のオリジナルブレンドって誰がブレンドしてるんだ?」
と今更なことを訊いてくる。
「……オリジナルブレンドって名前の豆を買ってるんです」
「それだと、この店のオリジナルじゃなくて、問屋さんのオリジナルだろ。
いや、お前のことだ。
問屋どころか、その辺のスーパーで買ってるんじゃないか?」
琳は将生の視線から逃れるように、後ろを向き言った。
「ブレンド1、サンドイッチ1」
「誰か居るのか」
いや、居ませんけどね……。
自分の心に言い聞かせただけですよ、と思いながら、自分で作る。
冷蔵庫を開け、
「あ、サンドイッチって、ミ……」
ミックスサンドでいいですか、と訊こうと振り向いたとき、人が増えていた。
将生の左横に佐久間が座っていた。
「あ、僕はエビグラタンとレモンソーダで」
一緒に来たのかな? と思いながら、背を向け作ろうとして、
「あのエビグラタン……」
と振り向くと、また人が増えていた。
将生の荷物が移動して、将生の右横に人が居る。
痩せた年配の男だった。
ちょっとくたびれた灰色のスーツを着ている。
「隣町の署の
「椋木です」
将生に紹介され、男は頭を下げた。
「あ、どうもあの……
この店の店長です」
と琳も頭を下げる。
「いや、今日も遅くなりそうだから、なにか腹に入れとこうと思って。
職場を出かけたとき、椋木さんが訪ねてこられたんで、お誘いしたんだ。
此処なら、少々の話をしても大丈夫だから」
将生はそう言ったあとで、眉をひそめ、椋木に言う。
「あの、此処は食べながら、事件の生々しい話をしても大丈夫な店ではあるんですが。
この店長が話にちょいちょい口出ししてくるのでお気をつけて」
それはどう気をつければいいんだ……という顔を椋木はする。
「大丈夫ですよ。
大事なお話なら、首を突っ込んだりはしませんよ。
こう見えてプロですから」
と言ったあとで、琳は付け足した。
「事件の話以外なら」
いやだから、事件の話のときに口出してくんなよ、という顔をしながらも、将生は椋木に言う。
「まあ、なんだかんだで、店長も常連客のみなさんも、みな口が堅いので」
ええ、口は堅いです、という顔で近くの席の老夫婦が微笑み、頷いていた。
そこで、将生は佐久間を見ながら琳に言う。
「ああ、あと佐久間は此処へ来る道に居たんで、ついでに拾ってきた」
いや、猫か。
そこで、メニューをじっと見ていた椋木が顔を上げて言う。
「では、私はナポリタンと謎のブレンドで」
いいえ、なにも謎はありません。
此処でブレンドしていないというだけの話です、と思いながら琳は、静かに頷いた。
よし、今日は首を突っ込むまい、と誓う。
そんな琳の前で、
「では、早速ですが、宝生さん。
これなんですけど」
と椋木はいきなりポータブルDVDプレーヤーを出してきた。
そこには映りの悪い青みがかった映像。
夜の監視カメラの映像のようだった。
「これです」
どれですっ? と耳をそばだてながら、琳はエビグラタンを作っていた。
ずばり、ほぼレトルトなのだが。
「……傘ですか」
「凶器の形状と一致しませんか?」
「実物を見てみなければなんとも。
よくある感じの傘ですね」
「そうですね。
でも、なんの柄もないシンプルな青い傘とか、意外とないものなんですけどね」
ほほう。
シンプルな青い傘か、と思いながら、琳はミックスサンドを手早く作り、どうぞ、と少し身を乗り出しながら、カウンターに置いた。
「……やけに早いじゃないか」
と言う将生は、琳がチラとでも映像を見ようとしていることに気づいているようだった。
琳はグラタンが焼けるのを待ちながら、素早くナポリタンを作る。
「どうぞ」
と言いながら、またチラ見した。
吹き出す佐久間にレモンソーダを出す。
だが、今日の琳はなにも口には出さなかった。
次に、出来上がったサイフォンの珈琲を急いでカップに入れ、
「どうぞ」
と将生と椋木に……
「わかった。
ちょっとだけ見ろ」
根負けしたように将生が言ってきた。
「此処に映っている人物をこの周辺で見かけなかったか確認するという名目で。
いいですか? 椋木さん。
この人、口は堅いんで」
と将生は椋木に言った。
「はは、いいですよ」
と椋木は笑って言う。
「この映像、どうせ手配に使おうと思ってたんで」
とこちらにDVDプレーヤーを向けてくれた。
「そうですか、では」
と琳は早速、覗き込む。
薄暗い夜の道。
男が傘を手に歩いていた。
高い位置からの映像のようで、キャップを被っている男の顔は見えない。
「あっ、今のところ、止めてくださいっ」
「いやだから、ちょっとだけ見ろって言っただろっ」
そう将生に叫ばれながらも、琳は身を乗り出す。
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