可哀想な犯人

強力なライバルが現れました

 

 しとしとと小雨の降る休日。


 猫町三番地を訪れた将生は眺めの良い窓際の席が空いているにも関わらず、いつものようにカウンターでアイスコーヒーを飲んでいた。


 琳が、ふうと溜息をつく。


「……うちの店はもう駄目です」

「どうした」


「強力なライバルができたので」

と琳は将生の後ろ、入り口のガラス扉の更に向こうを見ていた。


 そんな店できてたか? と将生もそちらを振り返る。


「そこの角に……」


 角に店なんかないが、と思ったとき、琳が言った。


「自動販売機が置かれたんですっ」

「……自動販売機と張り合うな」


「だって、あっちの珈琲の方が絶対、美味しいですっ」


「大丈夫だよ、琳ちゃん」


 そのとき、まるで、セルフな店のように飲んだカップを下げながらおばあちゃんたちが言ってきた。


「この店にそういうの求めてないから」


 満面の笑みで言う常連たちに、満面の笑みで琳は返した。


「ありがとうございますっ」


「いやそこ、礼を言うとこか……?」




 将生が二杯目のアイスコーヒーを飲みながら、カウンターで本を読みはじめた頃、琳が大きな白い陶器の砂糖壺を覗いて言った。


「あ、お砂糖が切れちゃいました」


「買ってきたら? 琳ちゃん」


 家族連れで来ていた窓際の席の若いママさんが言う。


 店番しといてあげるから、と言われ、琳は茶色いエプロンを外した。


「じゃあ、すみません。

 ちょっと行ってきます」

と言う琳に、


「買ってきてやろうか?」

と将生は言ったが、琳は、いえいえ、と笑って言う。


「大丈夫です。

 そこのスーパーで買うので」


「店の砂糖とかって。

 どっかから仕入れてくるんじゃないのか?」


「うち、そんなに大量にいらないんで、なにもかも結構その辺で買っちゃってるんですよね~」

と琳は笑っている。


 ……大丈夫なのか、この店は、と思っている間に、行って来ま~す、と琳は出て行ってしまっていた。


「もうちょっと遠かったら、送っていけたのにねえ」

と常連のおばさんたちに言われ、将生は反対側を向いて、アイスコーヒーの続きを飲んだ。




 最初からそうするつもりだったわけではなかった。


 ただ、さりげなく、そこに置いて帰るつもりだったのに――。


 そう。

 ちょっぴりほとぼりが冷めるまで。


 この身からそれを離していたいだけだったから。


 だけど、ちょっとしたイタズラ心を起こしてしまったのは。


 たまたま、その人が似合わない……


 いや、キリッとしたその美しい人にはある意味似合っている、群青色の飾り気のない傘を持っていたから。


 僕が持っているのとよく似た傘を。


 まあ、これ、あの人の傘とは決定的に違うところがあるのだけれど。


 それは見ただけではわからないから。


 僕は彼女が店に入っている間に、そっと傘をすり替えた。


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