人の話は最後まで聞くべきだ……
「お帰り~、琳さん~」
何故か犯人も連れて琳が猫町3番地に駆け戻ると、庭にはいつものように小学生たちが群れていて。
よりにもよって、あの鉢を眺めていた。
「ねえ、琳さん、なんでこの雑草、鉢に植えてあるの?」
「庭師の人がサボって雑草生えてきちゃったの?」
「それ、ササヤキグサって毒草だぞ」
とサッカーボールを手にした龍哉がしゃがんでる友人たちの後ろに立ち言っている。
そう。
ササヤキグサは風に揺れて音を立てながら、最初から犯人の手がかりを示していたのだ。
「そっ、その鉢、触らないでっ。
それ凶器~っ」
わっ、と子どもたちが鉢から遠ざかろうとして、尻餅をついていた。
リングつきの支柱に縛られた麻縄の上で、ササヤキグサは、さわさわと揺れていた。
「いや~、このままだと安定感ないな、と思ってたところにちょうど麻縄が落ちてたんで。
無意識のうちに縛ってから、猫町3番地に持ってっちゃったみたいで」
翌日。
カウンターで冷やし飴を飲みながら、はははーと水宗は笑った。
スーパーで常連さんのひとりが冷やし飴を見つけていっぱい買ってきてくれたのだ。
「解決してよかったですね。
でもあの、僕の事件、なんにも解決してないんですけど……」
と今日もパーカー姿の真守が呟く。
「あ、それなんですけど。
解決しました」
ちょうどやってきた佐久間が苦笑いしながら真守に言う。
「今、おじいさん、意識を取り戻されたみたいです。
なんか通りすがりの人と口論になって殴られたとかで。
小村さんをかばってるのかもと思ったんですけど。
殴った人間がちょうど、ちょっと離れた交番に自首してきたんで」
探さなくてすみました、と言う佐久間の後ろで中本が言う。
「いや~、でもこんな、おおごとになったのはやっぱり小村さんのせいでもありますよ」
いや、なんでですかっ、と真守は中本を見る。
琳から紙パックの冷やし飴を受け取りながら中本は言った。
「だって、小村さんや水宗さんが意味深な動きしなかったら。
おじいさん、
すぐに真相にたどり着いてたかもしれないじゃないですか。
それにもともと小村さん、おじいさんを
殺人未遂で立件してもいいんですよ?」
と自分たちの失態を隠そうとするように脅してくる。
いやいやいや、殴ろうとしただけですよ、という顔をしながら真守は言った。
「どうせ僕にはできませんでしたよ。
水宗さんが枝を切ることを理由に先延ばしにしてた僕なんかには……」
っていうか、僕は犯罪者に向いてないってわかりました、と真守は言う。
「探偵か興信所の養成学校にでも行こうかなと思っています」
「それはいいですね」
と琳は笑った。
「一度犯罪者になりかけた人の方が犯罪者の心理に寄り添えて、推理が上手く回る気がしますよ」
「……お前も犯罪者になりかけたことがあるのか」
と何故か将生が琳に訊いてくる。
いやいや、なんでですか、と思ったとき、小柴がやってきた。
「おやおや。
今日は一段と人多いですね。
そういえば、聞きました?
となり町で殺人事件があって……」
「総合体育館のでしょう?」
と苦笑いして琳が言うと、
「いえいえ。
反対側のとなり町ですよ」
と小柴は言う。
「なんでも外国人夫婦のお宅で、奥さんが殺されてたとかで」
ああ、という顔をした佐久間たちが説明する。
「そうなんです。
最近、奥さんが行方不明みたいでおかしいってタレコミが昨日、あったんですけど。
さっき、遺体が見つかって大騒ぎですよ。
もうそっちにも話行ってると思いますけどね」
と佐久間は将生を見た。
「ご主人が犯人じゃないかって話なんですけど。
ただ、凶器のスコップが見つからないみたいで」
外国人……?
スコップ?
琳や水宗たちの視線がなんとなくカウンター内にあるビニールに包まれたスコップを向く。
水宗の反応からして、その外国人の家から持ってきたのではないかと思われるササヤキグサの鉢に刺さっていたスコップだ。
「……水宗さん」
「いや~っ、僕、知らないですよっ。
鉢運んできただけなんですからっ」
と水宗が叫び、
「植物じゃなくて、事件ばっかり運んでくるの、どうなんだ……」
と将生が呟いた。
「そういえば、みんながとなり町で事件があったって話してたとき、同じ話だろうと思って、全部は聞いてなかったですね……」
ひとつはその妻の失踪事件だったのかもしれない。
「お、冷やし飴じゃないですか。
妻が好きなんですよね~」
みんなが飲んでいる紙パックを見て笑う小柴に、琳は将生たちとチラと視線を交わしたあとで、
「……奥さんのもどうぞ」
とふたつ冷やし飴を渡した。
奥さん、ほんとうに実在してるんですか……? と思いながら。
「いや~、すみません。
妻が喜びますよ~」
そのとき、なにも事情を知らない真守が、するっと普通に小柴に訊いた。
「奥さんもよく此処に来られるんですか?」
みんな、ひっ、と固まったが、
「ええ。
なかなか一緒には来られないんですけどね」
と小柴は笑い、窓際の席に座った。
「すみません。
アイスコーヒーとカレー」
と言いながら、持ってきていたノートパソコンを開けている。
「……一緒には来られないんですけどね?」
「いつぞや言ってたセリフには続きがあったのか……」
『え? 妻はいつも来てるじゃないですか、一緒に』
で、小柴のセリフが切れたので、
いつも一緒に来てるのか。
我々の目には見えないんだが……とみんな思っていたのだが。
そういえば、あのとき、書留を持ってきた郵便局員さんが途中で小柴さんの話を遮ったんだった、と琳は思い出す。
「じゃあ、実在してるのか……?」
と呟く将生に琳は言った。
「でも、店主の私が見たことないんですけど。
よく此処に来られてるはずの小柴さんの奥さん」
小柴は窓から差す光に照らされ、のんびりノートパソコンを打っている。
ざわめくみんなの心中とは対照的な光景だった。
「……となり町の事件のこともですけど。
人の話は最後までちゃんと聞きましようってことですね」
そう呟きながら、琳はアイスコーヒーの準備をはじめた。
それから琳は真守に、ひとりでは行く勇気がないからと頼まれ、病院について行った。
真守は祖父に未遂に終わった計画をすべてを打ち明け、謝った。
初めて本心をぶつけてきた孫に向かい、祖父は微笑みかけて言う。
「……真守。
すまなかったな。
お前には苦労させたと思うが。
偏屈ジジイのわしなんぞの側に居ない方がお前のためだとも思っていたんだ。
わしは評判悪いからな」
あのジジイの孫と思われるのは、お前の将来のためにならんと思っていた、とじいさんは言う。
「真守、それでお前の気が済むのなら、いつでも殴りかかって来い」
偏屈ジジイはよく見たら、そっくりな孫を見つめ、熱くそう語った。
「……今、以外」
と点滴につながれたベッドの上で付け足しながら。
命は惜しかったようだ。
「ほんとうに小村さん、探偵の養成学校に通いはじめたらしいですよ~」
朝、庭の掃除をしながら、琳は刹那に言った。
刹那は今、無職なので、珈琲を飲みに来たついでに庭の掃除を手伝ってくれるのだ。
「安達さんも行ってみたらどうですか?」
「なんでですか?」
「いや、この間、犯人捕まえるのサマになってて、格好よか……」
と琳が言いかけたとき、
「おっと、蜘蛛の巣が」
といきなり背後から現れた将生が琳の顔の前で手を振る。
「蜘蛛の巣?」
と見上げてみたが、なにもない。
将生は、それには答えず、
「アイスコーヒー」
と腕組みして言ってきた。
「そうだ。
冷やし飴もメニューに加わりましたよ」
「アイスコーヒー」
はいはい、と中に入ろうとすると、将生が目を細めて庭を見る。
「……またなにか変わったな」
「すごいですね。
鉢が一個増えただけなんですけど」
わかるようになったんですね~と琳は笑ったが、
「今度はどんな凶器が詰まった鉢だ」
と将生は嫌そうに言ってくる。
「ただの可愛い紫の花ですよ。
ただ地面に植えると、爆発的に増えるので、絶対植えないで、とは言われたんですが」
「ロクなもん持ってこないな……」
と将生が呟いたとき、真っ黄色のトラックが入ってきた。
トラックの後ろでは、白いカメがぽっかり口を開けている。
「あれはまさか、また社長の娘さんが……?」
「ゾウからペイントし直したらしいですよ」
「……目立たないデザインにするという発想はないのか」
「いや~、目立たないとお店の宣伝になりませんしねえ」
と刹那が笑う。
笑顔で降りてくる水宗と、トラックのぼんやりした白いカメを見ながら、将生が顔をしかめていた。
「またいつか何処かで犯人の怒りを買いそうなトラックだな……」
結局あのまま猫町3番地の庭に居るササヤキグサは、今日もなにかを囁くように、さわさわと風に揺れている。
琳にはその音が、新しい事件の訪れを告げているように聞こえた。
「いい天気ですね~」
空を見上げて呟く。
『凶器を探しています』完
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