怒るとこ、そこですか……



「クソついてねえな」


 手錠をかけられながら犯人の松本直志まつもと ただしは言った。


 金銭の揉め事で被害者の男性に呼び出され、総合体育館に来て、うっかり殺してしまったのだと言う。


「あ~、殺しちまった、どうしようと思ったとき。

 すぐ側の道で、ピンクのトラックのゾウがよ。

 呑気な感じに止まってて」


 いや、呑気に止まってたわけではないと思いますが、と琳は思う。


 だが、松本は愛嬌のある白いゾウを見ながら言う。


「なんか腹立ったんで。

 トラックに凶器を隠したんだ。


 運転手は一生懸命スマホで話してたから気づかなさそうだったし」


 水宗が、

「いや~、お客さんが一度いるって言われたものを返すっておっしゃられてるって聞きまして。

 今日中に取りに来て欲しいって言われてるんだが、なんで、お前、あんなもの持ってったんだって社長が……」

とそのときのことを語る。


「今日中に取りに来て欲しいなんて。

 なんだったんですか? それ」


 そう琳が訊くと、いや、と水宗は苦笑いし、

「二宮金次郎さんですよ」

と言った。


「あの?」

と松本と中本以外の全員が訊くと、


「あの」

と水宗は頷く。


 巡り巡って、二宮金次郎さんは、とあるお宅にもらわれていたそうなのだ。


「僕が二宮金次郎さんを持て余してる話を聞いて、可哀想に思い、預かったけど。

 家族に反対されたんじゃないかって社長が気にしてて。


 夕方には家に居るから、夕方取りに来てくれって言われたそうなんですけど……


 あっ、そうだ。

 取りにいかなくちゃっ」

と水宗は車に乗っていこうとする。


「まだ夕方じゃないですよ」

と琳は止めたが、


「社長がやっぱり夕方より前に行って誠意を見せてこいって今」

と水宗は言う。


「でも、今、行ってもその方いらっしゃらないんですよね……?」


「その家のおばあちゃんはいらっしゃるそうなんで」


 水宗は今すぐ出発しようとする。


「仕事熱心だねえ、あんた」

と呆れたように松本は言っていた。


「待ってください、水宗さん」


 縛られていたせいか、腕をさすりながら佐久間が止めた。


「水宗さんにはお話お伺いしたいので。

 できれば誰か他の方に行ってもらってください。


 水宗さんは偶然巻き込まれただけなのに申し訳ないんですが」


「そうなんですかね?」

と琳はスマホを手に呟く。


「偶然、巻き込まれただけなんですかね?」


 え? と佐久間たちが訊き返してきた。


小村真守こむら まもるさんの事件に巻き込まれたのは偶然かもしれません。


 でも、こっちも偶然なんですかね?」


 琳はスマホを見ていた。


「なに見てるんだ?」

と将生が覗いてくる。


「この事件のニュースです。

 今、新しく更新されたので」


「俺のことが出てんのか?」

と松本も見ようとする。


 いや……気になりますか? 自分の逮捕記事、と思いながら、琳は松本に画面を見せた。


「今捕まったのに、まだ出てないですよ。

 被害者の身許が割れたのと、現場付近の防犯カメラに映っていた不審な人物の話ですね。


 防犯カメラの映像は出てますけど」


 どれどれ? と覗いた松本は激怒した。


 顔にぼかしが入っているカメラの映像ではない。

 下に書かれていた警察が発表した文章にだ。


「誰が小太りの中年だっ」


 俺は大学出て何年も経ってないっと叫ぶ。


 確かに間近に見た松本は中年ではないし。

 小太りでもない。


 ガタイはいいが。


「いや~、角度的な問題だと思いますね~。

 古い防犯カメラの映像って画像荒いですし。


 今は着てらっしゃらないこの作業着みたいなジャンパーがガボッとしてたからじゃないんですかね?」


 記事の中の映像を指差し、琳は言う。


「おい、トラック野郎っ。

 車出せっ」


 松本は水宗を振り向き、そう言った。


「ムカついたから否認する。

 俺は家に帰るぞ」


 佐久間が、

「えーと。

 殺人事件の方はともかく、僕を監禁したのと、水宗さんの殺人未遂は現行犯なんで……」

と言ったが、琳はまだスマホを見ながら松本に言った。


「じゃ、逃亡してみましょうか」


 は? と全員が琳を見る。


「水宗さん、二宮金次郎さん取りに行くんですよね?

 それ、三人乗れますか?」


 琳はピンクのトラックを振り返った。


「佐久間さんか中本さんについて来てもらって。

 松本さん、そのトラックでちょっと走ってみませんか?


 少し走ったらスッキリするかもしれませんし」


 気分転換に水宗さんの仕事に付き合ってみましょう、と琳は言った。




 

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