事件に集中できないだろうがっ


 みんなで、刹那の部屋の前で息ひそめていた。


 そのうち、中で二人の男が揉めているような声が聞こえ始めた。


 しかし、それより気になるんだが……と将生は思っていた。


 みんなでドアに張り付いて聞き耳立てているのだが、自分の胸の辺りに琳が居る。


 中に集中している琳は気にしていないようだが、自分は意識の八割が琳の方を向いていた。


 いや、まずい。


 安達刹那が犯罪者になるかどうかの瀬戸際なのに、と思ったとき、堪えかねたように、小柴がドアを開けた。


 うわっ、と声を上げ、全員が中になだれ込みそうになる。


 将生は琳の腕をつかんで止めたが。


 誰も止めてはくれなかったらしい佐久間がつんのめって三和土たたきで額を打っていた。


 すまん……と思ったとき、小柴が中に向かって叫んでいた。


「里中先生っ。

 許してやってくださいっ」


「えっ?

 小柴先生っ?」

と里中が振り向く。


 そこで、琳が何故か小声で、小柴に向かい、叫び始めた。


「小柴さんっ。

 早い早い早いっ!」


 早い?

 なにが?


 止めるのが?

と思い、将生は琳を見た。


「可哀想じゃないですか。

 ある程度やらせてあげてくださいっ」

と止める琳を佐久間が、


 いや、ある程度って……という顔で見ていた。


 警察の目の前で、ある程度やられては困るのだが。


 だが、そこで、プッと里中が笑った。


 ロープを手にした刹那の肩を叩き、

「君、みんなに愛されてるね。

 無茶するなよ」

と言う。


 みな、衝撃を受けていた。


 遅れて下の道から駆けつけた喜三郎さんや龍哉のパパまで――。


 意外っ!


 爽やかっ!


 感じがいいっ!

と驚いたように男たちが里中を間近に見る中、


「そりゃそうですよね……」

とぼそりと琳が言う。


「なんか悪そうなチャラい男を想像してたんですけど。

 女性が次々引っかかってるんですから。


 中身はだらしないとしても、ぱっと見、悪い人じゃないはずですよね」


 おいおい、本人を目の前にして、と将生は思っていたが。


 此処でも、里中は怒らず、笑っていた。


 それもわざと笑顔を作っているとかいう感じではない。


「里中先生は……」

と小柴が口を開く。


「別に悪い人ではないんだ。

 ただただ、女癖が悪いんだ」


 なんのフォローにもなってませんが、と思う全員の前で、里中が申し訳なさそうに語る。


「そうか。

 君がどうも僕を狙っているようなので、もしや、神原さんの自殺は僕のせいだったのかと疑い始めてはいたんだが……」


 しかも、気づいてなかった!


 素で!


「いや、そうかな、とはちょっと疑っていたんだよ。

 でも、僕なんかのために、自殺までするとか考えにくいというか」


 しかも、おのれを過小評価!


「いや待て。

 どうなのかな? と思いながら、女遊びを続けているところが既に問題だぞ……」


 里中に対しての印象が変わりつつある全員に、将生が警告する。


「ただただ、女癖の悪い人なんでしょうね……」


「そして、勉強以外のことにはあまり頭が回らないというか。

 考えなしなんだ……」


 琳と小柴が続けて呟いた。


 刹那が口を開く。


「七重さんが自殺した原因のすべてが貴方のことではないのかもしれません。

 でも、貴方が原因のひとつであることは確かです」


「……うん」


 深く頷いた里中は、刹那の手を取り、言った。


「よくわかったよ。

 これからは、真面目に生きるよ」


 本当ですか?

と胡散臭く里中を見たのは、刹那ではなく、小柴だった。

 



 里中が帰ったあと、みな、刹那に、

「いやあ、よかったよかった」

と声をかけ、外に出る。


 刹那は頭を下げていた。


 アパートの外の廊下を歩きながら、龍哉のパパが言う。


「しかし、里中さん、刹那くんに殺される可能性もあったのによく来ましたよね」


「実は自分の罪をよくわかっていて、殺されてもいいと思ってきたのかもしれませんぞ」

とおじいちゃんたちは言うが。


 小柴は、

「いや……そういう人ではないです」

とすぐに否定した。


「ただただ、なにも考えてなかったんでしょう。

 悪い人ではないが、いい人でもない。


 今は、あんなこと言ってますが、女性から言い寄られたら、また、やらかすと思いますね」


 そんな辛辣なのか、冷静なのかよくわからないことを小柴は言う。


 意見を述べ合う大人たちの前で、龍哉は珍しく黙って彼らが話すのを聞いていた。

 


 

 いやあ、終わった終わった、とみんなが帰っていく中。

 ほっとした顔で、アパートの階段を下りながら、佐久間が言ってきた。


「もう~、雨宮さんが、刹那くんにやらせてやれって言ったときには焦っちゃいましたよ~」


 あはは、と笑いながら、下りていく佐久間の背を見ながら、将生は、これでよかったのだろうか、となにか釈然としないものを感じていた。


「まあ……、上手くまとまってよかったよな」


 自分の少し前を歩く琳にそう言うと、琳はチラと刹那の部屋を振り返り言う。


「……和解すると思ってましたよ」


「え」


「ただ、おそらく出ると思っていた一言が出なかったのが、ちょっと気になってるんですけどね」


 琳の店の前で、数人と話して解散した。


「じゃあ」

と将生が龍哉の父と龍哉に挨拶すると、龍哉が言ってきた。


「ねえ。

 安達さんは、なにも許してなんかいないよ――」


 おじいさんたちは楽しげに、刹那たちと行く次の釣りの話をしながら帰ってしまったが、琳は店に入りかけたまま、こちらを振り返っていた。


「だって、彼にとっての神原さんは……」

と言いかけ、龍哉は言葉を止めた。


「さよなら、琳さん」


 龍哉がまだ扉のところから見ている琳に向かい、声を張り上げる。


「今日はありがとう、龍哉くん。

 お父さんも」


 琳は扉の前で微笑むと、まだ残っていた自分と佐久間にも頭を下げ、店内へと入っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る