やだなあ、監察医って


 小柴も刹那も佐久間も帰ったあと、琳が片付けていると、ひとり残っていた将生が言ってきた。


「どうした。

 機嫌がいいな」


「いえ、小柴さんの奥様が実在の人物だとわかって、ホッとしたので」

と笑うと、


「安達刹那が言ってた話か?

 でも、あいつ、小柴の奥さんのこと、全部過去形で語ってたぞ。


 まあ、卒業生で、最近会ってないからだとは思うが」

と将生が言ってくる。


「どうして、せっかく決着がついたものをひっくり返そうとするんです……」


 琳は恨みがましく将生を見た。


「いや、そういう見方もできるぞと言っただけだ」


「やだなあ。

 監察医って。


 なんでもかんでも疑ってかかって……」


「なんでもかんでも疑ってかかってるのはお前だ。

 ミステリーマニアめ。


 客から、犯人を出したくないから、突っ込んで調べたくないとか言いながら、安達刹那を警戒してるだろ。


 一体、なにが気になってるんだ?」


 そう問われ、琳が口を開こうとしたとき、

「関係ないとは思うんですけどね」

といきなり声がした。


 ひっ、と琳たちは固まる。


 音もなく、小柴が戻ってきていたからだ。


 安達さんと話しながら帰ったはずなのにっ、と琳が思っていると、

「いやいや。

 話しながら、彼のアパートまで行ってきましたよ」

と小柴は言う。


 琳が、

「ああ、海岸沿いの。

 此処から近いですよね」

と言うと、将生が何故かこちらを睨むように見、


「お前も行ったのか?」

と訊いてきた。


「いやいや。

 行ってはないですけど。


 あれが僕のアパートです、とたまに会うスーパーの近くで指さされて、見ただけです」

と琳は弁解する。


 何故、宝生さんに弁解しなければならないのか知らないが……、と思いながら。


 小柴が将生の隣の椅子を引いて腰掛ける。


「実はね、ひとつ、気になってることがあったんですよ。


 昨年、妻と同じ大学で助手をやっていた女性がひとり、自殺してるんですが。


 その人と安達くんが仲良かったから、妻も彼を覚えていたそうなんです。


 僕も、その自殺した女性、神原七重かんばら ななえさんに、一、二回会ったことあるんですけど。


 いやあ、とても綺麗な人でしたね」

と小柴は言う。


「神原さんの自殺の理由。

 男に騙されたからだったそうです。


 相手は、同じ大学の准教授の里中っていう男です。


 僕も会ったことあるんですけど。

 なかなかのいい男でね。


 でも、奥さんが居るんですよ。


 ま、よくある話で、妻とは別れるから、と言われて、付き合って。


 確かに、奥さんとは別居してくれたけど。


 実は、他にも女が居ました、みたいな感じで、騙されたみたいなんです、神原さん。


 そして、神原さんは自殺し、神原さんと非常に仲の良かった安達刹那くんは、仕事を辞めて、此処に越してきました。


 里中の自宅のあるこの街に」


「その話、誰から聞きました?」

と琳は小柴に訊いた。


「安達刹那くんです」


「僕、殺人事件の犯人になります、と宣言しているような男だな」

と将生が言う。


「……そうですね。

 最初から、そう宣言してるようなものですからね」


 そう琳は呟く。


 琳は毒草も咲き乱れる美しい庭園を見た。


 今日も金次郎さんが夕日に照らされ、眩しいな、と思いながら――。





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