その人の職業は……


 日が落ちて、薄紫色になった空。


 暗い道からは、明るい店内の様子がよく見えた。


 店の奥にあるカウンターで、琳が将生になにか言われ、苦笑いしているのが見える。


 いつも自分が座る席の辺りには、本を読んでいる見覚えのある男。


 くつろげる、店内のいい雰囲気がそれを見ただけでも伝わってくる。


 店に入ろうとして、道で足を止めている自分に、誰かが声をかけてきた。


「入らないの?」


 少し高いその声は子どものものだった。


 振り向くと、小学校高学年くらいの、やたら整った顔の男の子が自分を見上げている。


「入らないの?

 琳さんの店に行くんでしょ?」


「いや……、今日はやめとくよ」


 なにもかも見透かすような瞳のその少年に言い、今来た道を戻っていった。





 龍哉が店の扉が開けると、カウンターに居た将生が振り向いた。


「どうした。

 こんな時間に」

と言う。


 仕立てのいいスーツがよく似合う、落ち着いた雰囲気の将生を見ながら、龍哉は思っていた。


 悔しいが、こんな風な大人の男になりたいと思わなくもない。


 だが、そんな思いはおくびにも出さずに龍哉は言った。


「今、外に男の人が居たよ。

 たまに此処に来る怪しい若い人。


 店見てたのに帰っちゃったけど」


 将生を見ながら琳が訊く。


「安達さんですかねー?」


「なんで店に入らなかったんだろうな……?」

と将生が、もう刹那の居ないガラス扉の向こうを見ながら呟いている。


 顔を見合わせ、話し合う二人の様子を見ながら、龍哉は思っていた。


 お似合いだな、と、すれ違っただけの、なにも関係ない他人なら思うんだが……。


 じゃあ、と龍哉は帰ろうとした。


「え? 帰るの?」

と琳が言う。


「通りかかっただけだから」


 帰り道、店の近くを通ったので、なんとなくこちらを眺めていたら、ぼんやり店の前に立っている刹那を見かけたので、つい、声をかけてしまっただけだった。


「もう遅いし、帰るよ」

と言う龍哉に、琳は、


「そう?

 なにか飲んでいけばいいのに。


 おごってあげる」

と微笑みかけてくる。


「いや、いいよ。

 おごってもらうと、あとでお礼が大変だから」


「……相変わらず、こまっしゃくれたガキだな」

と眉をひそめた将生が、


「もう暗いだろ。

 送ってってやろうか」

と言ってくる。


「いい。

 すぐ近くだから。


 じゃあね」


 龍哉は琳に見送られ、店を出た。


 走って帰りながら、店の灯りを振り返る。


 将生はまだ琳と話していて。


 帰り際、こちらを見て、小さく手を振ってくれた小柴は、呑気に窓際の席で、まだ本を読んでいるのだろう。


 呑気に遊んでいられる今がいいなとは思っているのだが。


 この店に来たときだけは、早く大人になりたいと願ってしまう。


 なんとなく宝生将生が頭に浮かんだ。


 ……あいつ、確か監察医だったな。


 監察医か。

 ちょっとなってみたい気もする。


 あと刑事とか、と思ったとき、佐久間の顔が浮かんだ。


 探偵もいいけどな、と思ったとき、琳の顔が浮かんだ。


 ……探偵じゃなかったな。


 でも、なんだかそんな感じだ、と黙っているときは近寄りがたい雰囲気があるのに、しゃべり出すと、途端にマヌケになる琳を思い出し、少し笑った。




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