なんでこの店は猫町3番地なんだ?


「ところで、なんでこの店は猫町3番地なんだ?」


 男が出ていったあと、扉の向こうにある、ちんまりとした木製の看板が目に入ったので、将生はそう訊いてみた。


 前から気になっていたのだ。


 此処、猫町じゃないし。


 第一、丁目は何処行った?


 そんなことを考えていると、小柴も横から言ってくる。


「そういえば、おじいさんが此処やってるときは、違う名前だったよね」


 ああ、と笑って、琳は言った。


「萩原朔太郎の『猫町』が好きだからです。

 あと、高校のとき、出席番号が3番だったので」


「雨宮の前に、2人も居たのか」


 っていうか、なんで、高校のときの出席番号?

と思っていると、


「いやいや、『あ』だけで、五人くらい居たクラスもありましたよ」

と琳は言ってくる。


「それと、3番地なのは、『猫町3丁目』より、『猫町3番地』の方がしっくり来たからです」


 まあ、3丁目3番地だと長すぎるしな……。


「でも、なんか、みなさんにはあまり名前覚えてもらってなくて」

と琳は苦笑する。


「ああ、あの木がいっぱいある喫茶店、とか。

 前、次郎吉じろきちさんがやってた店ねー、とか呼ばれてるみたいなんですよねー」


 次郎吉というのは、琳の祖父のことのようだった。


「ああ、あの美人の店主の居る店ねーっていうのも聞いたよ」

と小柴が笑う。


 いや……見かけ倒しのとんだ変人の居る店の間違いだろうが、と将生が思っていると、小柴が、

「そろそろ帰らないと、待ってるから」

と壁の時計を見た。


「ああ、奥様ですか?」

とさらっと言った琳に、なんて危険な話題をっと将生は固まる。


 すると、小柴は、

「いや、妻はもう居ませんよ」

と笑って会計し、出て行った。


「ありがとうございますー」

と笑顔で見送る琳は、特に気にしていないのかと思ったが、小柴が出て行ったあと、そちらを見たまま、笑顔で言ってくる。


「……今のは、どういう意味なんですかね?


 妻はもう居ません?


 もう、この世に居ません?


 もう、どっか出かけてて居ません?


 どっか出かけてですよね、きっとーっ」

と叫ぶ琳に、


「お前、ミステリーマニアのくせに、なんで、こういうときだけ、平和な方に話をまとめようとするんだ……」

と将生は言ったが、


「だって、怖いじゃないですかっ。

 宝生ほうじょうさん、訊いてみてくださいよ~っ」

と腕をつかんで訴えてくる。


「お前が訊け」

とつれなく言いながらも、将生は、自分の腕をつかむ琳の白い手を見ながら、


 今日、店に来てよかった……と思っていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る