幕間 夜更

 黒いマントに身を包み、彼の全体は夜の闇に紛れ込んでいたが、月明かりが不気味に輝きを増したことにより彼は自分の影を認識するはめになった。これから自分がやることを何度も何度も脳内でシミュレーションし成功の形に導いた。しかし、彼の成功は多少の犠牲をともわないものであり、それだけではなく失敗した場合も、いや、自分が死んだとしても彼らが必ず自分の死を無駄にせずに進んでくれることも範囲に入れて再び何度も何度もシミュレーションを反復する。すると、ポケットの中に入れていたデバイスが鳴っているのに気付き無視しようとしたがあまりにもしつこくかけて来るので仕方なく電話に出ることにした。その瞬間「電話に出ないなんていい度胸ね。」とどやされた。彼は気怠げに「それは申し訳ない。だが、僕だって今回の様な大きな任務はそう何度と経験していないんだ。緊張だってするしいつも以上にシミュレーションに集中したかったんだ。」と答えた。しかし、電話主は端末ごしからも伝わるくらいに怒りを顕にしており、「あんたが緊張するのも分かるけど私なんてはじめての任務がこれよ。幼馴染の初陣なんだからもっと声をかけてもいいのよ。」と声を荒げた。(自分でそれを言うのか。)そんなことを思っていると再び電話ごしから「あんた今、自分でそれ言うかとか思ってなかった?」自分の頭のセリフをドンピシャに当てて来て言葉が詰まったがすぐに「いや、そんなこと無いさ。まぁ、埋葬屋のメンバーが僕含めて六人も投入するなんて滅多にないことだよ。ジュダがよっぽど今回の任務を重要視してるのがよく分かる。けどね、その分仲間がいるから安心して自分の身を投じれる。もし、僕が死んでも誰かが成功に導いてくれるはず、そう思うと自然と心が軽くなる。後は」言いかけた瞬間に電話ごしから大声で「自分が死ぬことを作戦に入れる馬鹿なんてどこにいるの?誰かがじゃない、自分がやるってのが重要なんでしょ。あんたやっぱり大馬鹿ね。でも、あんたが死にそうなら私が助けてあげる。それに加えて任務も成功させる。」と言い張られた。「任務の成功はあくまでプラスか。ははは、やっぱり、君には叶わないな。」彼は電話ごしに自分を慰めろ言ってきた幼馴染にまさか慰められるなど考えもしていなかった。しかし、この瞬間、二人は笑っていた。これから今までに体験をしたことのないほどの激闘が待ち受けているであろうに、それを前にして彼らは今まで一番緩やかにそして、心に余裕を持ちながら笑い合った。電話ごしであるがそれだけはしっかりと彼も彼女も分かっていた。そして、彼女は「でもね、もし、私が死にそうならスペクター、あんたが私を救いなさい。」そう言うと彼が答える前に電話を切った。彼は先程行った脳内のシミュレーションを全て取り消し、全員が生きて帰り尚且つ任務が成功する形を何度も何度も探し続けた。そして、彼は任務開始直前にしてその形を見つけ出したが、そのことを今から全員に伝えることは出来ない。しかし、彼の雑念はさっぱりと消えており迷いはなかった。そして、デバイスにメッセージが届き 

    「任務開始」

 その四文字を契機に彼らは月明かりが不気味に輝く夜を駆け始めた。

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