三章 開放

 統合政府第二首都にてその都市の全てを見渡す様に聳え立つ神と人を繋げる建造物「ズィーズダ」

 その一室にて豪華な装飾がなされたテーブルに対になるように二人の男は座っている。


 並べられた食器にはあまり手をつけておらず彼らの関心はそれらに無いようなのが伺えた。


 二人の内の白い祭服を身に纏った男は肩幅がありガタイが良く背筋がピッシリとしており、歳より若く見えるような姿をしていた。そして、黒いスーツの様なものを身に纏っている男の方はガタイは良いが背筋が曲がっており、年相応いや、少しばかり老いて見え、あまり覇気が無い様に感じた。


 互いに何を喋るわけでもなく並べられていく料理に目も向けない。


 何をするわけでもなく時間ばかりが経過し、料理もそれと共に増えていったが一向に互いに手を付けない。しかし、彼らはこれが彼との最後の晩餐であることを互いに重々理解していた。


「君から食事に誘うなんて久しいね。今日はなんようだい?ペトゥロ」


 最初に口を開いたのは年老いた男の方だった。


 低く重厚感のある声でペトゥロと呼ばれた男はそう呼ばれると彼の問いに答える。


「そう警戒しないでくれよ、ジュダ。君を呼んだのは別に何か理由があってのことじゃない。ただ、そうだな、私は君と話がしたくて呼んだんだ」


 ジュダの警戒心はこれ以上ないほどに高まったがそのことを勘づかれない様にと自分を装う。


「そうか、なら何の話かすぐに教えてくれ。それが出来ないのであれぼ私はここをすぐに去ろう。私と君が会うことをオーディナルⅠの連中は嫌っているだろう?君に迷惑がかかることを私はあまりしたくないんだ」


 そう言うと席を立とうとすると、ペトゥロは両手の掌をぴたりと合わせる。


「何もせずに去るなら私もそれなりの対応を取らせて貰うよ。食事に手を付けないのは良い。だが、私の話を聞かずに去ろうとするのは許さない。私は決して君と争いたくてここに呼んだんじゃないんだ。それなのにそうやって勝手をする様であれば腕の一本は置いてく覚悟でいてくれたまえ」


 先程とはまるで違う、殺気漂う雰囲気にジュダは全く動じず、彼もまた両手の掌を合わせた。


「いい加減にしろよペトゥロ。お前の話は聞かずとも分かる。俺にお前の計画に協力しろと言うのだろう。たしかに、お前の計画の目標と過程は俺と同じだ。だから、何度かはお前に協力をした。だが、俺が目指す結果は違う。お前の目指す正しい世界など言語両断。今、短き生を全うしている人々に対しての侮辱に等しい。大体、お前と俺は相いれぬ者同士、二十年前の決闘の後、俺の生命武器を奪った時点で決別はハッキリと分かっていただろう。それを今になって協力しようだと?ふざけるなよ。もし仮に協力をどうしてもさせたいなら力で俺を捻じ伏せろ」


 そう啖呵を切るとあらゆる生命に対しての祈りを両腕に込めジュダは叫んだ。


「生命開放(オープン)、絶包丁(エスパーダ)」


 ザッ


 刹那の抜刀、何かがペトゥロを吹き飛ばし、いや、切り裂き、豪華な装飾のなされたテーブルは最も簡単に半分になった。


 綺麗に並べられた食べ物は地面に無惨に散らばり、誰かの命の糧になるべく生きた者たちは誰の命の糧にもならずに散らばり意味がないものになったがジュダはそれ見ると申しなさげに口を開く。


「お前には謝らん。だが、この壊したテーブルと散らかした食事については詫びよう。ただでさえ貴重な食べ物をこうも散らかすのは地下にいる彼らに悪い」


 そう言いその場を立ち去ろうと背中を向けたジュダをペトゥロは嘲笑っていた。


「武器の出力が私が使っていた時よりも数段と上がっているね。やはり、君は誰かの為に祈り、そして、その力で誰かを救おうとする時が一番力を発揮する様だ。ならば、私もそろそろ本気を出そう」


 倒れ込んだ状態でペトゥロは両手を合わせる。

 彼の祈りは一体誰のためのなのかそれは祈る本人と彼の本性を知るものにしか分からない。


「生命開放(オープン)、絶技(グランスキル)」


 彼の生存に気づいたジュダはすぐさま後ろを向き再び迎撃体制を取ろうとしたが振り向いた方向には既にペトゥロが立っており、一度途切れた彼の意識がはっきりした頃には先程ペトゥロが吹き飛ばされたように壁にめり込んでいた。


 ペトゥロの蹴りをモロに受けたジュダであったがすぐさま祈りの形を構え、先程と同じ様にペトゥロに対して攻撃を放った。


 しかし、ペトゥロは不可視の斬撃を簡単に避けジュダの解放のラグを知っていたかの様に近くに駆け寄って行き彼は拳に力を込める。


「生命開放(オープン)、絶拳(フィスト)」


 百八十もある体が最も簡単に吹き飛ばされゴム毬の様にドンドンと弾んで行くが、ペトゥロはそれを機に攻めるのをやめず、吹き飛んだジュダの体を目掛けて突きを放つ。


「生命開放(オープン)、絶突(スラスト)」


 朽ち果てる寸前の樹の様な体は最も簡単に穴が空き、ジュダは口から血を吐き、その場に倒れ込み、ピクリともしなくなっていた。


 それを見ながらペトゥロは彼に語りかけた。


「君が他者への祈りを糧に戦うのは何とも滑稽だな。だが、君が神羅を使い私と戦った時よりも私が今、神羅を私自身への祈りを糧に使う方がよっぽど力を発揮している。まぁ、そんなことはどうでもいいことだ。苦しいだろう?当たり前だ。私も君も旧世代の人間、いや、吸血鬼と言った方がいいかな。今の進化を遂げた人間と違って傷もつくし、その傷の治りも遅い筈だ。だが、君が私に協力をしてくれると言うのであればその傷も今すぐ癒そう。君ももう歳だろう。これ以上の出血は体に毒だ。なぁ、ジュダよ。かつて、私達は多くの過ち、喪失を経てここに至るのは分かるだろう?しかし、結果として私達が人間という存在に進化を促し、そして、命の価値を尊さを教えることが出来た。決して「審判」が悪い事ばかりではなかった筈だ。ならば、次の「再誕」は人間を元の姿に戻す絶好の機会だ。これで人間は争いを求めず、他者を慈しみ人類の最適化が可能になるはずだ。君なら分かるだろう?私と君が手を組めば終末のラッパを鳴らすのも容易い。ジュダ・ダイナー、君なら私と共に世界を変えるために手を取ってくれる筈だ。そうだろう?」


 倒れ込むジュダを他所に熱弁するペトゥロ。

 しかし、ジュダはぴくりとも動かず、ドロドロとした血はペトゥロの足元まで流れておりそれに気づいた彼は悲しそうにそれを見た。


「勢い余って殺してしまったか。老いたなジュダよ。かつての君ならここから一矢を報いろうとしただろうに。」


 そう言うとジュダにさらに近づいた。


「せめてもの慈悲だ。かつて円卓を囲んだ同志いや、友として私の手で葬ってやろう」


「生命開放(オープン)、絶拳(フィスト)」


 うつ伏せのジュダの顔に目掛けて岩の様に大きい拳が振り落とされる。


 しかし、大量の血を流しても尚、ジュダの祈りは続いており、そのおかげで彼の拳に合わせてそれを止める武器を開放させることが出来た。


「生命開放(オープン)、絶凍結(コーゲラド)」


 ジュダの頭を潰す寸前にペトゥロの体がパキパキと凍りつき、彼はボロボロの体を起き上がらせ何とか拳を回避する。


 しかし、ペトゥロを止められたのほんの一瞬、すぐに拳はドンと言う音とともに地面に穴を開けた。


 殺せたはずの相手が目の前で立っているのを見てペトゥロは少しばかり怒りを覚えたがすぐに雑念を捨てる。


「よく避けられたな、ジュダよ。死んだとばかり思ったよ」


 そう言いながら再び拳を構え、相手の出方を伺うことにするとジュダはペトゥロによって右肩にぽっかりと空いた穴を先程彼を凍らせた様にすることでこれ以上悪化することを防ぐ。


 大量の血と体力を失ったジュダの意識は朦朧としていたが祈りの構えを取る。


「ペトゥロ。お前がどんなに呼びかけようと俺がお前と手を組むことは断じて無い。お前の理想は「再誕」後の世界の争いの火種となる。俺が目指すのはあくまでも人類の最適化だ。決して、お前の唯一化による人類の進化などではない。お前がやろうとしていることはかつて円卓を囲み夢半ばに散っていった者たちへの侮辱にもなるぞ」


 そう言うと再び万物への祈りを捧げ叫んだ。


「生命開放(オープン)、絶粉砕(アプラスター)」


 ペトゥロは自分に向かって来るであろう不可視の鉄槌に集中し、かつて自分が使っていた武器であるが故にそれがどの様な攻撃なのかを把握し、理解していた。


 しかし、それ故の油断、ジュダの攻撃はペトゥロではなく部屋の壁を打ち抜き大きな風穴を開けるとその穴から勢いよく風が流れてきて、ペトゥロはあまりの勢いにほんの一瞬だけ目を瞑ってしまう。


 その一瞬の油断を隙にジュダは外界と繋がった穴へと駆け込んだ。


(逃げる気か)


 そう思ったペトゥロの体はすでに武器の開放を急ぐとジュダは穴に落ちる寸前に捨てる様に再び武器の解放を行った。


「生命開放(オープン)、絶風刃(フーガ)」


 ジュダが穴から姿を消した瞬間に放った一言は彼の体に穴を開けた右腕を宙に舞えさせる。


 ペトゥロは何が起きたかさっぱりと理解が出来ず、吹き飛び地面にぼとりと転がった腕を呆然と眺めていた。

 その間にジュダは穴から外に出ており姿が見えなくなっており、ペトゥロがいくら開放を行い彼を追うとしても不可能なことだけは分かると彼は落ちた腕を拾い上げる。


「私が知らない武器を使ったのか。いや、彼の身体的にもう一つの武器使うことなんて不可能なはずだ。ふむ、まぁ、良いか。それはそうと、まさか、腕の一本を置いていったのは私の方か。ジュダ、君が彼らのことを語るとは意外だったよ。かつて彼らと君が仲良くしていた様な思い出はない筈だが。今になって仲間意識でも芽生えたのかと言うのかい。彼らの夢か。さてはて、どんな物であったか」


 そう言うと落ちた腕と共にその場から姿を消した。

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