海の夢

忍野木しか

海の夢


 海面からほど近い水の底は青い。

 これは夢なのだろうか?

 丹色の陽光は波に攫われる。縞目の柔らかな模様が深海を揺らした。

 青々とした海の色が分かった。光の明暗も分かった。

 やっぱり僕は、魚では無いのかもしれない。

 輝くサファイアの鱗。スズメダイが一匹、珊瑚の間を泳いだ。

 暖かい陽射しが砂上の冷たい海水に降り注ぐ。スズメダイは心地良い海流に乗って、水の空を飛び回った。

 延々と続く海は、彼に自由の喜びを与えた。


 深海からほど遠い水の底は青い。

 これは夢なのだろうか?

 紺色の深淵は音を呑み込む。モノトーンの重い黒が海面を覆った。

 暗々とした海の底が怖かった。水の広闊も怖かった。

 やっぱり僕は、魚では無いのかもしれない。

 煌めくコバルトの尾。スズメダイが一匹、岩場の穴を泳いだ。

 冷たい海流が砂上の暖かな淀みを巻き上げる。スズメダイは不気味な魚影に怯えて、藻の森を彷徨った。

 延々と続く海は、彼に未知の恐怖を与えた。

 

 手足が無い。肩が無い。

 これは夢なのだろうか?

 空気が無い。陸が無い。

 やっぱり、僕は魚では無いのかもしれない。


 心地良い海面。恐ろしい深海。

 これは夢なのだろうか?

 自由への喜び。未知への恐怖。

 やっぱり僕は、魚では無いのかもしれない。


 永遠の夢は理想か現実か。

 スズメダイは、広い海の狭い岩場を泳いだ。

 それは夢では無いのかもしれない。

 疑問の答えは理想か現実か。

 スズメダイは、暗い海の明るい海面を泳いだ。

 彼は魚では無いのかもしれない。

 生き続ける限り、泳ぎ続ける限り、彼の疑問が解けることは無かった。


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