第16話 流行に振りまわされない

 世にすべからく「流行」があります。


 たとえば大谷翔平選手の活躍でMLB(メジャーリーグベースボール)が「流行」した一年でした。

 将棋の世界では藤井聡太三冠が快進撃で竜王さえ狙っています。


 これにより野球と将棋がとくに「流行」しました。


 小説でも「流行」はあります。



 現在の流行は「異世界転生追放チートファンタジー」です。


 ランキングの上位に必ず存在していますし、「注目の作品」でも必ずひとつは見つかります。


「こんなに人気があるなら、いっちょう私もこの波に乗ろうかな」


 こう考えても致し方ない状況です。


 しかし「こんなに人気があるのなら、これを踏襲しなければ小説賞・新人賞は獲れない」とまで焦ってしまう方がいらっしゃいます。


 そんなことはありえません。

 というより、差別化を図れないのでかえって埋もれていく原因となります。


 「流行」は間違いなく存在するものです。

 およそ「流行」のない業界は存在しません。

 食だってコロナ禍前はタピオカミルクティーが流行っていましたよね。



 小説も「流行」と無縁ではいられません。


 では「流行」をどう扱えばよいのでしょうか。


 先ほど述べたとおり、「流行に乗らないと受賞できない」と焦ってはなりません。

 同じように考えている書き手は雲霞のごとく存在します。

 すると「小説賞・新人賞」の応募作が「流行」だらけになってしまうのです。


 「流行」を踏襲したあなたの作品は「小説賞・新人賞」で目立てますか。


 凡百のアヒルの一羽となり、誰も気づいてくれないのではありませんか。



 物語の前提として「流行」ありきだと必ず失敗します。


 自分の物語に「流行」の要素をうまく取り込めるか。

 そういう視点に立った作品は成功率が高まります。


 土台が自分の物語ですので、オリジナリティーを出せます。

 そのうえで「流行」を押さえてウケる要素をスパイスのように振りかけるのです。



 たとえばSFに「追放チート」のスパイスを振りかける。

 これだけで小説投稿サイトで鉄板の「流行」を踏まえたうえでオリジナリティーあふれる物語が紡げます。


 「異世界転生追放チートファンタジー」が「流行」しているから、私も「異世界転生追放チートファンタジー」を書かなければ。

 これでは失敗して当然です。

 執筆の苦労を自ら台無しにしています。


 まるまる全部使わないと評価されないのでは。


 そう考えてしまうところに「流行」の怖さがあります。



 「小説賞・新人賞」に挑むなら「流行」を押さえるだけでは不じゅうぶんです。

 もし優秀賞が四作品選ばれるとして、「流行」作品はひとつあればよい。

 四作品すべて「流行」作品では、開催した出版社は将来に不安を感じます。


 もし優秀賞四作品すべて「流行」作品にしてしまうと、次回からは「流行」作品しか応募されなくなるでしょう。

 それでは「新たな才能の発掘」を目的とした「小説投稿サイトでの小説賞・新人賞開催」の意味がなくなるのです。


 だからどんなに面白い作品が集まっても「流行」作品は優秀賞の半数を超えません。

 つまり「流行」作品を書いてしまうと、優秀賞すら半分以下の可能性しかなくなります。


 しかし「追放チート」だけを取り入れたSFなら。

 競合は少ないので最終選考まで残れるかもしれません。



 あなたは冷静に「流行」のなにを取り入れるべきかを選択できる立場にいます。


 完全に「流行」へ乗っかったほうが面白くなる。

 そうかもしれませんが、差別化になりません。


 全ジャンル対象の「小説賞・新人賞」であれば、同じ「流行」でもジャンルそのものを変えてしまう奇策がひらめくかどうか。


 それが受賞と一次選考落ちとを分けるのです。



 これからプロを目指そうとお思いなら、なにが「流行」しているのかには敏感になるべきです。

 しかし「流行」に振りまわされてはなりません。

 次々と「流行」を追い続けてしまったら、あなたのファンはどんどん逃げていきます。

 あなたでなくても同じ作品が読めるからです。


 しかも「流行」を生み出した書き手の作品こそが「至高」、というケースが実に多い。


 二匹目のドジョウを狙って、濡れ手に粟のように「流行」さえ押さえてさえいれば文壇で生き残れるのであれば、世の「小説賞・新人賞」受賞者は労せずして二作目、三作目と次々新作を発表できるはずです。


 しかし現実は厳しい。


 受賞作は出版してもらえても、二作目、三作目を書かせてもらえない人が圧倒的に多いのです。

 これではもはや「思い出出版」と呼んでよいでしょう。



「私の人生の記念、思い出として紙の書籍が出版された」



 ただそれだけで、プロの小説家として生計を立てていくなどできません。


 だから「流行」の後追いをするよりも、自ら「流行」を生み出すくらい積極的でなければならないのです。


 それは温故知新、王政復古かもしれません。


 今は忘れられた「流行」を再び。


 「懐古厨」と呼ばれる方々の興味は惹けるでしょう。


 ですが、できれば今までにない斬新な切り口で小説を書くべきです。



 小説という文芸は、つねに新鮮に満ちています。

 まったく同じ物語はふたつとしてない。

 十万字で描かれた人間模様は、必ずや人々に求められるでしょう。


 「人恋しさ」が残っている以上。


 私のように「人恋しさ」も感じないような人間には、人間模様も表面的にしか書けません。


 しかし皆様は数多くの人間模様を経験してきたはずです。

 あなたにしか書けない、だけど他の人も共感できる。そんな人間模様が描けるでしょう。


 「流行」を追うのはとても簡単です。

 しかし得るものはなにもありません。

 肝心の「小説賞・新人賞」すら手に入らないのです。


 「流行」はいくつかの要素を取り入れるだけにし、あなたにしか書けない人間模様を主眼に置きましょう。


 人生、さまざまな人との出会いと別れを経験してきたはずです。


 それはあなたが味わった、あなただけの感情であっても、他の多くの人も共有できる感情でもあります。




 小説は「心」を描く物語です。

 ドラマや映画の脚本ではありません。

 視聴者を楽しませるのと、読者に共感されるのとでは根本から異なります。


 そして肝心の「心」が他人の作品とかぶってしまっては、没個性としか見えません。


 「心」については書きたいことが山ほどありますので、日を改めて言及したいと存じます。



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