第37話 悲しい結末

「俺は子供の姿だろうが躊躇はしない。選択を誤ったな」


 ジョン君の身体が変貌していく。どんどん人間からかけ離れていくみたいに。


 私は呆然としていたのだろう。はこ丸に強く呼び掛けられて正気に戻る。周囲を見るとナイトは拘束から抜け出し、ハーピーは私の側に降りてきていた。


「ど、どうするのマスター」


 ハーピーが聞いてくるが私にもこの展開は意味不明だ。だけどこのままじゃジョン君の救出は絶望的な予感がする。


(あの男は収集家。リノと同じく箱を狩る者だ)


 なんですって? じゃあ一応味方って事なのね。でも見る限り彼はジョン君の事はお構い無しっぽい。それでもなんとか希望を見出だすなら……あれね!


 私は走り出す。ジョン君の右手。右手がまだ人の形を維持している今が最後のチャンス。


「ぐああっ! き、貴様は俺をぉ! ゆる、許さんぞぉ!」

「お前の存在を俺は認めん。消え去るがいい」

「ちょっと待ったあぁぁ!」

「「!?」」


 私は因縁めいた雰囲気の二人に割り込んだ。


「な、なんだお前。邪魔をするな!」

「生憎とそういう訳にはいかないのよね!」


 私はジョンもどきの右手を掴みリングを私の額、つまりはこ丸に近付けた。


「お願い、はこ丸!」


 ……その瞬間。ジョン君の身体が刺さっている槍ごとその場から消えた。


「!? 何をした!」

「るっさいわね! 少し黙ってなさい収集家!」

「な、なんだと!?」


 男は少しだけ驚いた表情を見せたが、


「そうか、貴様も狩る者か。魔物を連れている……召喚調教師? ヨーダではない?」


 気になる事を呟いているが、今は気にしていられない。


「……ロンギヌスは返してもらうぞ」


 ……気にしていられないんだってば!

私はアイテムボックスを確認する。あ、金色のリングとジョン君が分離されているのを確認。……ジョン君に槍は刺さったままだ。これが多分そのロンなんとかなんだろう。


 だけど私はその時確信してしまった。ジョン君はもう助からないであろう事を。これは普通の人間にはどう見ても致命傷だ。


「ナイトお願い」


 私はナイトに両手でジョン君を抱えてもらう。槍を抜けばたちまち失血死するかもしれないからね。そうしないなら槍が邪魔で地面には寝かせられない。


 ナイトが私の目線にジョン君の目線の高さを合わせてくれるとラットマウスが私のポケットからジョン君に飛び乗り顔近くまで一気に駈けていく。


「ジョン! ジョン! しっかり! しっかりしておくれよ!」


 その声でジョン君は弱々しく目を開ける。


「……ネズミくん。それとお姉ちゃん……」

「そうだよオイラだよ! もう大丈夫! ジョンを苦しめてた魔物はこの人がやっつけてくれたから!」

「そう……僕は魔物に……全部見てた。お姉ちゃんが僕の為に頑張っていてくれてた所も」


 やっぱり意識は残っていたのね。


「でも僕は……何も出来なかった。あいつが僕のママを食べた時も。……全部思い出した」

「それはジョンのせいじゃないよ!」

「ううん。僕のせいだよ。僕が拾った指輪をママに隠してさえいなかったら……」


 ジョン君は涙をポロポロと流しだした。


「ありがとうお姉ちゃん。僕もこれで『人』としてママの所に行けるかもしれない……ママに会えたらちゃんと謝るんだ」


 ! この子はもう命が続かない事を分かっている! なのにこんな健気に!


 私からも一気に涙が出てきた。ハーピーも涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。ナイトもラットマウスも泣けていたなら泣いている違いない。


「ジョン! オイラ達友達だろ? オイラを一人にしないでよ!」

「……ネズミくん。僕がいなくなっても君は一人じゃないよ。分かってくれるお姉ちゃん達が出来たじゃない」


 ジョン君にはナイト達が魔物とは見えてないんだ! ナイトはともかくハーピーは……つまりそれ位視界がもう……


 私にはもう何も出来る事はないのかしら。この子はこんなにも早く死ななければいけなかったの? どんどん自分への悔しさがこみ上げてくる。収集家の少年も状況を理解したのか無言のままだ。


 もしこの場にお医者さんが居たらどうにかなっただろうか? この傷を治せる? でもそれ以前にジョン君が生きる気力を……


「僕はママの所にいくよ。……それになんだかすごく眠く……ネズミくん、他の鳥さん達にもよろしくね」


 あ! 槍を抜いてすぐはこ丸に収納すれば? 時間が経過しない間にこっちで治療できる人を探せば助けられるんじゃない?


(……仮に命が救えても心が救えていないのであるなら酷でしかないと私は考える。一生母親を食べたという罪悪感を背負わせるのはどうか)


 !! 心の救い…… 


「ああ……ママ。迎えに来てくれたの? うん、一緒に行くよ。ねぇママ。僕はママに謝らなきゃいけない事が……」


 ジョン君はまるで手を繋ぐように右手を宙に差し出しニコリと笑顔を見せる。

 そしてそのまま……その手は力なくダラリと垂れ下がり動かなくなった。

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