箱を狩る少女 ~アイテムボックスは人を喰らう~

乙彗星(おつすいせい)

第1話 ハコワン、ヨーダと出会う

「そんな。う、うそだろ!? うわあぁぁぁ!」


 バクン! バキッガリッ! ......ゴクン。


  

 その日、王都のとある路地裏で私、『ハコワン=ケノビン』は悩んでいた。目の前には老齢の占い師か魔術師に見えるフードを被った女性が座っていて私に返答を促してくる。 


「さあ、契約するかね? しないかね?」


 女性の額のサークレットが鈍い光を放つ。......この女性は私が抱える事情を知らない。


 私がこの『都』に着いたのは昨日。それまでは遠い辺境の村で過ごしていた。村を出た理由。それは『成人』して一人立ちする時に行う『契約』に失敗したから。


 成人したら誰もが受け、失敗する事などないと聞いていた契約に失敗。そしてその日から村人達の私に向ける視線が別の意味を持った。


 『蔑み』や『哀れみ』である。だけど本音を言わせてもらえれば、成人するまではそれでずっとやってきた。失敗してもそれが成人後も続くだけに過ぎないと思う。なのに。


 どうして『アイテムボックス』と契約できなかっただけでそんな目で見られなければいけなかったのか。


 ─アイテムボックス。

 この世界全ての『人間』が持っているもので、私には詳しい原理は分からない。契約する事でそのアイテムボックスとの関係が構築され、生物以外の物を別の次元に収納できるようになるらしい。


 らしいというのは私が契約できなかったので体験からきている説明ではないためだ。なぜ契約が成人と認められる『十六歳』になって行われるのだとか、そういう理由についても気にした事はなかったので分からない。


 子供の頃から大人達がアイテムボックスを利用している様子を見て育ち、当然のように私もそうなるものだと思っていた。だが、そうはならなかった私は村の者に好奇の目で見られるようになる。結局、その視線に耐えきれなくなった私は慣れ親しんだ村を飛び出した。


 王都を選んだ理由もちゃんとある。それは、

『いろんなお店があり、それらの距離が離れていない』からだ。この理由をきいて私の事を笑う人もいるかもしれない。


 けど当事者にとっては大変なのだ。『重量』があるかないか。それと運ぶ『距離』が長いか短いかの違いは。村の人達が変わらず私を受け入れてくれれば、それでも村で生活していくつもりだったのに。


 結局、逃げるように村を飛び出した私は、先述の理由からここへ来ることを選んだ。人が少ない場所だと私の事が知られれば噂になるのもはやく、再び居場所がなくなるかもしれないという考えもあったから。 

 

 王都に来て宿をとった私は翌日仕事を探すため、街の中心部に向かう道を宿のご主人に聞いて、路地裏を抜ける近道とその時の注意点を教えてもらった。


「路地裏には変わり者の婆さんがテーブルを置いて座っているけど、誰とも話さないだけで害はないから睨んできても気にしなくてもいいよ」


 と。そして現在。なぜか私はそのお婆さんに呼び止められている。すでに教えてもらった話と違うよ!


「お待ち。あんた成人していながらアイテムボックスと契約していないだろう......?」

「!?」


 どうして!? おもわず足を止めた私にお婆さんはこう続ける。


「とぼけたとしても私には分かるんだ。さて、そんなあんたにも契約できるアイテムボックスがあるとしたらどうするね? 契約するかね? しないかね?」


 失望して村から出てきた私だけど、さすがにいきなりこんなうまい話はある訳がない。絶対に怪しい話だ。関わっちゃいけないと自分に言い聞かせようとしたのだけど、『なぜ私だけが』という何度も心の中で叫んだ思いを抑え込めず、私はテーブルに近づいた。


「お話、聞かせてください」

「いいとも。私はヨーダ」

「私はハコワン=ケノビンです」

「ここへは着いたばかりだろう? 普段見ない顔だからね。......それに街の者ならばここをあまり通らない」

「......はい。村から都にきて今日で二日目です。仕事を探しに行くところでした」

「ふむ。......村を出たのは契約に失敗した事で村人の態度が変わったから。そんなところだろう?」

「......」


 どうしてこの人は初めて会った私の事がこんなに分かるんだろう?


「どうして私があんたの事を分かるか不思議かい? 簡単な事さ。私もそうだったからだよ」

「え!? お婆さんも契約に失敗したんですか?」


 私は思わず身を乗り出していた。


「そうさ。今のアイテムボックスと出会うまでは逃げるように街や村を転々としていたものさ」

「そうだったんですか......」

「おかげで......あの箱と世界の真実を知る事ができた」

「え?」


 今の言葉は私には意味が分からない。


「こっちの事さ。あんた次第だが今は......ね。

 まぁ、それだけにあんたが契約できるアイテムボックスに心当たりがあるんだよ。したくないかい? 契約をさ」


 このお婆さん。......ヨーダさんは知らないと思っていた私の事情を予想していた。そしてヨーダさん自身も同じ境遇にいたからこそ、私に声をかけてくれたのだ。今まで色んな言葉で自分に言い聞かせてごまかしてきたけど、私の......私の気持ちは......


「し、したいです。契約!」

「いいだろう。場所を移すよ。出ておいでナイト!」


 え!? いつの間にかテーブルの横に巨大な全身鎧に身を包んだ人が立っていた。その人は立ち上がったお婆さんの座っていたイスとテーブルをそれぞれ片手で持つ。


「ほう。ナイトを見て悲鳴もあげないとは思ったより度胸があるのかね?」


 いえ、突然すぎて頭がついてこないだけなんですけど。


「まぁいいさ。次に会うのは三日後位になるかね? それじゃあまた後でね。ハコワン」

「え?」


 ヨーダさんは一体何を言い出すのだろうか?

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