第3話 迷い人
『本日未明、某区において異能力者による大規模な暴動が起こりました。発表されている現時点では一般市民における被害はなく、いずれも対策にあたった警官ないし機動隊員の被害のみとのことです』
『その人物は過激派異能力者として有名な篠原るい(25)による犯行によるものとのことですが、騒動から依然として行方知れずとなっており、異能力者取締課の特殊捜査班は百人体制で捜索に当たっているとのことです』
『では、この事件について解説していただきましょう。異能力犯罪研究家の──……』
朝から胸糞の悪いニュースだな、と呟いてテレビの電源を切ったのは──赤紫色のような髪をサイドでまとめている、少しつり目の──
閑話休題。咲がテレビの電源を切ったのは他でもない。研究家と言いつつも異能力者ではない、能力を持たない一般人の立場でしか説明しないであろうことが目に見えて分かっていたからだった。何を好き好んで異能者の悪口を聞かなければならないのか。──反発させるように追い詰めているのはそちらだというのに。
「確かにその女は過激な活動を頻繁にするのかもしれないけど、受け入れようとしないのはそっちの、
思わず、咲の感情も爆発する。わなわなと拳を握りしめ、罪を犯したのだと言われていた異能力者に同情をする。異能力者はある時からずっと、そうだ。異能を持たない人間たちに迫害されて生きている──。
──二十世紀後半。
突如、存在を露わにした異能力者。最初こそ「素晴らしい力だ! 」と、もてはやされたものの、次第に研究されていくに従って、異能力の危険性や異能力による犯罪の増加が懸念されると、世論は一気に「異能力者は厳しく規制されるべきだ! 」という声が強くなっていった。
現状、社会では能力を持たない者こそが社会を担っていくべきで、常軌を逸した力を持つ異能力者は社会から排除するべきだという
そも、最初に
ただ、異能力者による平等社会主義にもさまざまな意見が存在している。例えば、訴えるのは武力を行使して社会を変えようとする過激派。あるいは厳粛な議論ないし討論などによる対話的解決を掲げる穏健派。あるいはどちらの方法も取らず、独自の方法または現状をありのまま受け入れ今のままで良いと考える者などが多く存在する中立派──それらは相容れない形で一定の距離感を保ちながらそれぞれの思惑で互いに牽制しながら動いていた。
余談ではあるが雷使いの黒田咲が住まいとして据えているこの家は平等社会主義の中の中立派という派閥なわけだが。
「おい、咲。朝飯できたぞってお前、何勝手にテレビの電源切ってんだ。情報収集にならないだろうが」
そんな咲に声をかけたのは、この住まいの家主である
その話を聞いて咲は当然の疑問を口にした。「反対されなかったの? 」と質問を受けた当の本人はうーん、と首を傾げながら思考に走った。珍しく歯切れが悪いな、などと思いながら彼から言葉が吐き出されるのを待つ。しかし、いくら考えても思考はまとまらないようで、スッキリとはしない表情のままこう返してきた。
「本当に何も言われなかったんだ。ただ、頷かれただけだった。まぁ、あの人の下には異能力者もいたらしいからな。あの人自体は非能力者だったが、それにしては珍しく平等な人だったよ」
だから疑問も反対することもなかったんだろう、と。
実のところ、彼の祖父は和ヶ原家もう一つの顔である裏稼業の方の人間のようだった。使える奴ならなんでも使うといった人で、それが例え異能力者であっても変わらなかった。何せ、異能力者である孫にすら難色を示さないような人だ。そういう人に出会えた異能力者は幸せだろうな、と他人事のように思う。──いや、寧ろ非能力者の集団に突然放り込まれた異能者は気が気じゃなかったのかもしれない。
ちなみに現在、その人は住まいを移してその裏家業とやらを変わらず続けているらしく、稀に隼人とその仲間宛に豪勢すぎる贈り物が度々届くのはここだけの話である。とは言え、そのおかげによって、ここには何人かの異能者が隼人の紹介と案内で一つ屋根の下で暮らせているのは確かだった。
そして、生活しているといえば一つ。ここ最近で発生した気がかり──というより突如として発生した厄介事があった。
「それで? あの馬鹿が拾ってきた怪我人は大丈夫そうなの? 」
咲はぶっきらぼうに尋ねる。
説明をするとしよう。あの馬鹿──とは、黒田咲の妹かつ異能力者のことで、名は
いや、それは少し違うか。何故なら、異能力者は異能力者になることを選べない。子どもが親を選べないのと同じように、異能力を開花するかどうかは現代社会の技術においても発見できないのである。生まれつき異能力を持っていたとしてもそれを開花させないということは選べない。故に、両親に愛されていたはずの妹が異能力を開花させてしまうことによって捨てられてしまうことになるのに姉妹とも知りようがない。勿論妹がそうならない未来を“選ぶ”ことも、姉が妹にそうならぬよう“選ばせてあげる”こともできなかった。
そう、この怒りをぶつける矛先は妹ではなく、彼女らを捨てた両親とそれを許容する社会に向けるべきなのだが、咲は両親を憎むつもりもなかったし、両親の行動を許容する社会も恨むつもりはなかった。妹はそんなところまで姉に似ないで、無垢のままで両親に愛され続けていれば良かったのである。わざわざ姉と同じ道を辿ってこんなところまで付き纏って来なくてもよかったのである。姉である咲は、妹である雫から離れられるのであればなんでも良かったのだから。
つまるところ、咲は雫のことが嫌いなのだった。雫の方はどうかは分からないが、悲しいかな。咲の方は雫を家族だとも思っていないし、ましてや、妹だとも思えなかった。
加えて、咲は電気使いで雫は水使いだ。咲は知っていた。水に濡れたままで自分の異能を使うと、普段は通電している自分が自身の異能力で感電してしまうことに。
活発でハキハキとして物を率直に言う咲と、物静かでジメジメとしてはあまりはっきりと物を口にせずもごもごと口ごもってしまうことも多い雫。性格から言っても異能力の性質から言っても、この姉妹はあまりにも相性が悪かった。
そんな引っ込み思案な雫が、初めて意志を見せた。
『わたしが……看病する、だから……!』
──この人を助けたいです、と真剣な趣で話したものだから、驚いて目が丸くなったのをよく覚えている。
「あの女な、先生に診てもらってるんだが、だいぶボロボロみたいだ。瀕死状態で何故生きていられるのか不思議だよ、ってお困りのようだった」
「なぁに、それ。異能力者かどうかは分かんないの? 」
「……そんなもんあったらお前らみたいに生まれてから捨てられることも起きてないだろうな」
「普通、そういうの本人を目の前にして言っちゃう? ま、いいけど。と、なるとやっぱり勝手に調べるしかない、か」
黒田雫が拾ってきた怪我人は女性だった。
誰がどう見ても重症で、ここまでの怪我を負ってしまえるなんてよっぽどの悪党なのだろうか、と考え込んでしまうほどには。
ともかく、家の門前でそのような女性に倒れられていると何かと不都合もあったために(ほら、ご近所さんからの風当たり的な体裁とかも含めて)ひとまず、その女性を部屋へ運んでできるだけの手当をした。
その後、昔から和ヶ原家と付き合いのある闇医者──人柄はとても良い先生である──を呼び、具合を見てもらうことになったわけだがあれから一週間も経つにも関わらず目覚める気配もない。
その先生曰く「もしかしたら彼女は、これくらいの大怪我だって治る前提で動いていたのかもしれないね。普通の人がこんなに怪我を負えるなんて思えないだろうし。まあただ、もうこれ以上は彼女の回復力を信じるしかないよ」とのことだった。
一体、そんな怪我を治せる医者がどこにいるのか。
「あんなに重症だったのに、治せる医者がいるわけ? まぁ、普通の病院に行ければ治るかもしれないけどさ。いやでも、普通あんななる前に病院行きでしょ。普通なら」
「……普通ならな」
──そう、普通なら。あそこまでの怪我は負わない。
複数の弾丸が身体中に貫通した後のような傷跡。加えてその撃たれでもした時に運良く身体を掠めただけなのか、貫通した傷よりも多いかすり傷のようなもの。そこから溢れるおびただしい量の血。その傷を見るに何者かに追われていたのだろうか。そして、その際に転げ落ちでもしたのか、頭からも出血していたし、それを頷かせるかのような左肩の打撲痕と右脚の骨折。何があったかは想像が付かなかったが、一番酷かったのは腹部の出血だった。
普通なら、こんな傷は負わない。異能力者でもない限り。否、異能力者ならこのくらいの怪我は負える。とはいえ、万が一にも異能者であったとして、これだけの怪我を治せる医者は果たしているのだろうか。それこそ、魔法のように治してしまえる人間が。
「……………………」
「……………………………」
「いや、まさかなぁ? 」
「いや、まさかねぇ? 」
「いるわけないよ、そんな魔法使いみたいな人」
「そうだよなぁ? そんな魔法使いみたいな奴がいたらそれこそ騒ぎになってなきゃおかしいからな」
「あはは」
「はっはは」
「……とりあえず、ご飯食べ終わろうか」
「そうだな……。あぁ、咲。十時から仕事だからな、忘れるなよ」
「……あぁ、あれね。はいはい、あとで揚羽起こしてこよっと」
「お前……。覚えてないってんじゃないだろうな……」
──彼らはこの時、自分たちを魔法使いの勘定に入れるのを忘れていた。自分たちでさえ、異能力者ではない人間からすれば魔法使いよりも恐ろしい存在であるのに。
そして、彼らは失念していた。そんな、魔法みたいなことすらやってみせてしまえるのが我々、異能力者であることに。
現に、そんな魔法使いみたいな異能者は存在する。あの大怪我をした女がその存在を知っていた。本来であれば女は適当に敵をあしらい、そんな魔法使いが待つ場所まで帰って負った怪我を治してもらう算段だった。それも、想像以上に負ってしまった怪我のせいで叶わなかったのだが。
和ヶ原達は知る由もない。表には出てこないそんな魔法使いのような異能力者が集まる集団が存在することを。この時はまだ、知らない。
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