掌編集 ― あれが過ぎると申します ―

すらかき飄乎

その一 茸

   くさびら



 おかみさんから呼ばれて、初茸を採ってくるよう言われました。

 いつもの場所に行きますと、今日に限って見つかりません。奥へ奥へと進みますと、果たして、ごくごく小さなものが、三つばかり採れました。よく見ると、いずれも少々虫食いのあとがあります。

 こんなものしかないものか――仕方ないので、その三つを腰の籠に、檜の葉を敷いて入れました。

 さて、思えば、おかみさんに言いつけられてから、もうずいぶんと時が過ぎています。大変だ、大変だ。

 急いで戸口の前まで駆け戻って、籠のふたを開けてみると――これは、しまった、何としょう。気持ちがくまま、あわてて走ってきたので、籠の中でしたたかゆすられ、初茸にはあちこち青ぐらい染みができています。

 おかみさんから叱られる……

 中に入りかねて、軒先に立ちすくんでいると、がらりと戸が開き、おかみさんが出てみえました。

 おや、戻ったかい? ずいぶん遅かったね。疲れたろう――

 案にたがって、おかみさんの優しい声。

 どれどれ、お見せ――

 おずおず籠を差しだすと、意外や、おかみさんはにこにこ顔。

 たんと採れたね。立派なくさびらばかりだ。

 耳を疑いましたが、籠の中には、大きくてきれいな初茸がたくさん入っていました。こんなことがあるものでしょうか。

 ご苦労だったね。精を出して採ったのだろう。だから、遅くなったのだね。ありがとう、ありがとうよ。

 それそれは、ほっといたしましたが、ほんとうに不思議なことがあるものです。

 ただ、それもつかの間、ふと、あのことが頭をよぎりました。

 何もなければよいが……

 そうです。けっして忘れてはならぬこと――こんな晩にはきっと、あれが通りすぎると申します。




                         <了>



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