メルトキアの古城

 この国の王都は、一度災害によって崩壊した。

 それでも数年の月日を費やし、家々は少しずつ建て直され、新しい花が大地に咲いた。今では、新しい町や村で人々は笑い合って生活している。


 王都の奥にある王城は朽ち果てたままになっていた。

 王家の血を受け継ぐ最後のひとりが、王城は後回しだと言ったせいだ。雨も凌げない遺跡のような王城の地面で寝起きして、その人は国の復興に尽力してきた。

 王が冷たい石の床を枕にし、海で獲った魚一匹を腹に収めて働くとなると、その下もそうせざるを得ない。人々は王のような生活をしながら復興を急いだ。


 その王は、復興の指揮を信頼する部下にすべて任せてしまうと、突然旅に出た。

 それには誰もが驚いていた。指揮を任された部下なんて真っ青になっていた。国を放ってどこへ行くのですと誰もが言った。

 すると王は、経済と外交を立て直してきますと笑いながら言って、颯爽と島を出て行ってしまった。


 王は世界各地から貴重な樹木や花の種を持ち帰り、蘇らせた土地に植えて育てた。植物はこの国の重要な産業のひとつだったから、経済は早くから立て直すことができた。王が旅をする間にも各国の知り合いや要人に会い、自らが生きていることを示した。


 王は強力な魔法使い。その彼が生きて目の前に現れれば、復興に協力する者も出るうえ、土地を奪おうとするような者は出てこない。

 王が健在なりと知られ、各地からの復興の援助も行われた。

 あんな災害があったのかといわれるほど、国は立ち直った。今その爪痕を残すのは、復興が後回しにされた王城だけだ。今になってようやく、王城の再建に手をつけたという。


 王は旅をやめ、今は内政に力を入れている。

 子供の頃からの付き合いで友人でもあり、護衛でもあるわたしは王の個人的な命令で出ていた旅をようやく終えた。

 王はこの国の民族衣装を着て、長い髪を流して今日も仕事をしているようだ。


「ただいま戻りました」

「おや、おかえりなさい」

 書類にサインする手を止め、王は顔を上げて微笑んだ。物腰穏やかな雰囲気の笑みなのに、彼の顔の右半分は災害のときに負った浅黒い痣に覆われ、その右眼はもう光を失っている。


「何か面白いものは見つかりましたか」

 王は部下にも敬語を使う。

 わたしは王に近づいていって、船の中でまとめた報告書を差し出した。

「詳細はここにありますが、まああんまり期待しないでください」

「ご苦労さま。しばらく休んでください。追って命を下します」

 頭を下げて部屋を後にしようとすると、王に声を投げかけられた。


「ああ、そうだ。久しぶりに故郷へ帰ってみてはいかがですか?」

「故郷はなくなった」

「村がなくなっても、あなたが生まれた大地は、あなたが土を踏むのを待っているでしょう」

 本当にそうだろか。

 わたしはそれに返事をせずに部屋を出た。


 古都メルトキアに残るこの石の城だけは、まだ復興が始まったばかり。埃っぽい古城は、外も中も、溢れんばかりの植物で覆われていた。壁に蔦が這い、石の地面を突き破って草木が生えている。


 大広間に着いた。壁に飾られた旗も、絨毯も、王座も、かつての繁栄の面影をかろうじて残しているだけだった。大広間の屋根は飛んでいて、吹き抜けた空から日差しが差し込んでいる。薄暗い古城の中にあって、その光はとても眩しく感じられた。光に照らされ、埃が舞っているのが見えた。


 この懐かしい城とジルエットの空気、そして王の顔を見ると、ものすごく懐かしくなってしまった。

 故郷の波の音が聞こえた気がした。


 発ってからまだ一度も帰っていない故郷が、恋しくなった。

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