花は咲く、太陽は昇る

 ジルエット諸島群は、大小いくつかの島々で構成されている。


 もう何十年も前に、大津波によって繁栄した王朝はなくなってしまった。

 だが、国が消えても、島も、島に生きるものも絶えなかった。その地に生きる人々は協力し合いながら、町を少しずつ復興させていった。町は数年ほどで新しいものができて、人々の笑顔も次第に戻った。


 ジルエット諸島ではそのほかに、あるものも復興の対象となった。

 それがジルエットで一番有名な花園である。訪れた人や故郷の人の手によって、荒廃した花園には、花の種が少しずつ植えられていった。


 観光地としても、珍しい種類の植物もある場所としてもここは有名だった。この地にしか咲かない花は貴重な魔法の材料ともなるし、この国独自の工芸品の材料にもなる。この国に血を送り続けるような大切な場所だったから、町の次に復興に力が入れられたのだ。


 わたしは久しぶりに花園のある島へと降り立った。夜の便に乗ったせいで、ちょうど夜明け前に島に着いた。船着場からしばらく歩き、小さな丘を目指した。薄青い空が次第に白み始めて赤みを増してきていた。

 わたしは丘の上から見渡すことができる、まだ暗い海と花園を見下ろす。

 太陽が昇るのをしばし待った。


 やがて水平線の向こうから、太陽の上端が音もなく顔を覗かせ、世界を照らし始めた。薄暗い色に沈んでいた世界が色を取り戻していく。

 海は透明のようでもあり、澄んだ青のようでもあり、宝石の緑のようでもあった。薄青い空と海の向こうに、目に沁みるほどあたたかい色の太陽が昇っていく。わたしの瞳にも光が灯ったようにさえ感じる、力強い輝きだった。


 太陽に照らされた花園が鮮やかな色彩を広げる。黄色や赤、ピンク色、青や紫色の花畑は虹のようである。風に攫われた花びらが空に舞い上がる。溢れた花の色彩は万華鏡のようにちかちかと光って、目の奥にその景色を焼き込んでいく。

 それは言葉に詰まるほどの光景だった。

 美しいという言葉ですら、その光景について表すにはあまりに卑小だと思った。


 この場所は、ただの花園ではない。

 家族も、家も失くした人たちが、この広大な土地に少しずつ花を咲かせていった。

 この地の王が塩にまみれた土を魔法で清め、土を均した。彼は自ら旅に出て、この地に植える花の種を求めて世界中を旅した。持ち帰った種はこの地の者たちが植えて、世話をして、少しずつ花が咲いていった。


 ここは復興の象徴そのものであり、この地の人々の想いの結晶そのもの。

 例え花が海の水で朽ち果てても、太陽はまた昇り、花は再びこの地に咲く。

 そして、世界を鮮やかな色彩で染め上げるのだろう。


 人々はこの美しい花が広がる園を、親しみと敬愛を込めてこう呼ぶ。

 プリマヴェラ、と。

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