退廃の高山都市

 そこは昔、大きな都市だったらしい。

 高い尾根に連なる高山の上に聳えていた大都市。薄くたなびく雲間から大きな石造りの建物が顔を覗かせ、町に踏み入れれば外見の違う者たちが自由に行き交っていた。種族が違っても、平等がそこにはあった。


 それも、今となっては昔の話。

 高山都市と呼ばれていたこの国の首都は、昔の戦争と疫病でぼろぼろになってしまった。

 建物は崩れ、人の数は減り、今ではスラム街のような有様になったのだという。

 かつて公国を名乗っていたロレスタの首脳陣は疫病で死に絶え、国政の機能は完全に停止した。誰もその権力を継ごうともしなかった。

 疫病が蔓延してそれどころではなかったのかもしれないが、生きるか死ぬかという境に落ちたことのないわたしにはわからないことである。


 現在は荒れ果てた無法地帯の町が各地にあるばかりだという。

 それが伝え聞く、ロレスタ国の姿である。


 ロレスタは複雑な海流に囲まれ、高い山々と深い森に覆われた、昼なお暗い土地だ。人間はまともに暮らすことができない。人間の数は少なく、自然の領域である種族の者たちが、ロレスタには多く暮らしている。

 種族の差別がないかわりに、実力や魔法の強い者が影響力を持つ。単純な弱肉強食の世界。それが、自由が気風のロレスタ国の姿だ。


 わたしは、だから無法地帯のような危ない場所を想像していたのだけれど、町に入ってみるとそんなに治安が悪そうには見えなかった。

 ロレスタでは、それぞれの土地に棲む者たちがそれぞれのルールを守って暮らしている。友人も危ない土地ではないと言っていた。


 戦争後の疫病によって退廃した都市は、今はローブを着た山羊族や、鳥族の者たちが行き交う。崩れた建物は瓦礫を再利用して建て直され、表通りには果物や野菜を並べた市場が点在していた。薄暗く、少し寂れてはいたが、わたしには退廃を思わせるような町には思えなかった。


 町の奥には、昔の会議場があった。ロレスタが公国だった頃、議会が開かれていた石造りの城である。町とは違って、この建物だけは壊れたまま放置されていた。

 穴の空いた壁、地面に転がったままの瓦礫。手入れのされていない城の傍には、野草が繁殖し、壁には蔦も這い、すっかり荒廃しているようだ。


 わたしは、通りかかったローブを着た男にここのことについて尋ねてみた。男は愛想よく笑いながら、その青い瞳を滅んだ城へ向けた。

「たぶんね、もうここは必要ないのですよ」

「それは、どういう意味でしょう?」

「ここに国はありませんが、僕たちはここで生きている。だから、もう必要ないのですよ。あとは自然に崩れ去るのを待つのみです」


 わたしは灰色の雲に覆われた薄暗い空を見上げた。繁殖した野草が揺れていた。

 ここに国は必要ないのか。なくても生きられることを、なくてもやり直せることを、彼らは身をもって知っているのかもしれない。国がなくなったところで土地も人もなくなったわけではなく、ロレスタの人々は変わらずに自分たちの生活を続けているのだから。


 この建物は、ずっとこのまま、忘れられたようにここに佇み続けるのだろうか。

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