24 - 二羽
いてもたってもいられなかった。
救ってくれた山縣、クロエ、スティーブ、ユウに一刻も早く感謝を伝えたかった圭は、翌日横浜の病院を退院すると、俊哉に電話で報告だけしてアメリカに発った。
真希と美奈には申し訳ないが、帰国してから怒られることにしよう。
病院で目覚めた圭の手元にスマホはなかった。
発見されたとき、FBIのバッジすら持っておらず、身元がわからなかったらしい。ベレッタも同じく海の中のどこかにあるのだろう。
ゾーイとの戦いでグロッグを、カオスとの戦いでベレッタを失った。彼らは使命を果たしてくれた。
海に落ちる直前に能力が発動し、トレーラーはゆっくりと海へと落下した。
圭はベレッタをホルスターから抜き、カオスの手と繋がれた手錠の鎖を銃弾で破壊したことで、やつと共に海に沈むことはなかった。
自宅に帰り、荷物をまとめるとすぐに山縣の墓に向かった。
謝罪と感謝を伝えるためだ。
亡くなっても圭のことを案じ、死を覚悟した圭を現世に現れて救ってくれた。
ガルシアを逮捕したことで、俺はあなたに恩返しができたのだろうか。
山縣のことだ。きっと「ご苦労だったね」と穏やかに笑っているに違いない。
あなたのことは忘れない。俺の命を、二度救ってくれた恩人だ。どうか、安らかに眠ってほしい。
恩人への挨拶を終えると、圭は羽田空港に向かい、十時間かけてロサンゼルスに飛び、もうひとつの家族のもとを訪ねた。
ロイとキャシーに経緯の説明をし、萌音が刑罰を受けることを明かした。
ふたりはショックを受けていたが、クロエのためにしたこととわかると、娘のために人生を犠牲にした彼女のために涙を流した。
その後、ふたりと共にクロエの墓を訪れ、無事助かったことを報告し、これからの人生を精一杯に生きることを誓った。
海の底でクロエに言われた言葉、「愛する人」とは、これからどうなるのだろう。
今でも心から愛しく思っているし、自由になったら、ずっと一緒にいたい人だと思っていた。
しかし、圭は彼女を振り回しすぎた。
危険に巻き込みたくない、自身が死んでしまうかもしれない。
どんな理由があろうと、圭は彼女と別れることを選んだ。
「もう大丈夫だ。俺は生きてるからもう一度付き合ってほしい」
こんなに身勝手な台詞はない。
彼女の気持ちを弄び、自由に生きてほしいと願い身を引いたのに、散々辛い思いをさせることになった。
これから先も、同じ状況になるかもしれない。いっそのこと、完全に開放してあげることが彼女のためになるのではないだろうか。
考えても、正解のない問題が解決することはない。
ロサンゼルスを発った圭は、バージニア州クアンティコに向かった。日本での任務を終えた圭とアリシアは、上官に任務完了の報告をし、退職の手続きを行った。
本部を出たアリシアは、地元の高校でバスケットボールの指導者になるのだと言っていた。
彼女は教えることが得意で、性格に合わせた指導ができる。きっと素晴らしい指導者になることだろう。
「あの娘を幸せにしてあげるのよ」
アリシアに言われた言葉は、圭が抱える悩みに突き刺さった。
「また会おう」
返した言葉はそれだけだった。
胸を張って、「わかった」のひと言が言えなかった。
今度いつ会うことになるかわからないが、圭はアリシアからネックレスを受け取り、別れを告げた。
そして、ニューヨークにやってきた。
目的はもちろん、このネックレスを届けるためだ。
スティーブの墓は、マンハッタンの西、ユニオンシティにある。タクシーで墓地の前に到着すると、圭はドライバーに待っていてもらうように伝え、彼の墓の前に立つ。
圭は墓のすぐ前にある収納スペースにネックレスを入れ、蓋をした。スティーブが持っていたネックレスはまだその場所にある。
やっとふたりの兄弟が再会した。
「スティーブ、お前も俺と同じような人生を歩んでいたんだな。なんで黙ってたんだよ」
そこに眠っているスティーブは、返事をしない。
「そうだ。お前の兄弟のユウに会ったぞ。頼まれたネックレスをここまで持ってきた。まあどうせ、一緒にいるんだろ?」
風が圭の髪を掻き上げ、見上げると爽やかな青空がどこまでも続く。
「孤児院だけどな、なんとか事業として成り立ちそうだ。上官が紹介してくれた人が、うまくやってくれてるらしい。もう人体実験もないし、子供たちは平和に暮らせると思う」
事業を開始する資金として、圭は百万ドルを出資した。日本円にして約一億円。
これにより、事業の出資者に圭の名前が残り、成功した際に配当がもらえるそうだが、そんなことはどうでも良い。
あとは何を伝えるべきか。
今日中に日本に帰らなければならない。特に急ぐ理由はないのだが、自由の身で日本に帰ることをずっと心待ちにしていた。
すると、空から舞い降りた緑色の綺麗な小鳥が二羽、墓石の上に止まった。ちゅんちゅんと雀のような鳴き声で圭の顔を見ながら語りかけてくる。
「そうか、仲良くやってんだな。今度はいつになるかわからないけど、また必ず会いにくる」
圭がそう言うと、二羽の小鳥は空に羽ばたいて飛んでいく。
今思うと、彼らは圭を向こうの世界に行かせないために、わざわざ海の中まで会いにきてくれたのかもしれない。
そして今、小鳥に姿を変えて、圭の前に現れた。
「俺たちはこっちでうまくやってるから、満足に人生を終えたらまた会おう」と言っているようだった。
脳内に響いた「生きろ」という叫びを、一生忘れることはない。
「じゃあな」
遥か遠く、すでに見えなくなった小鳥に微笑みかけ、圭はタクシーに戻った。
これで、本当にすべてが終わった。
ここから第二の人生が始まる。
タクシーは空港に向かって走りだす。
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