6 - 招集

 山本は自らが指揮を執ることになる刑事部犯罪対策課に向かっていた。


 入り慣れた捜査一課の前を通りすぎると、中で慌ただしく元同僚が動いている姿が目に入った。


 何か事件が起こったのかもしれないが、山本にはすでに関係のないことだ。


 これから同僚になる面々には前日に連絡を入れておいた。


 ほとんど全員と電話で直接話すことができたが、ひとりだけ携帯電話を持っていないということで、上層部の誰かが直接連絡をとってくれたようだ。


 集合の時間まではまだ一時間以上あるが、山本は課長になる人間たるもの時間には余裕を持って誰よりも早く本部になる部屋にいるべきだと考えた。


 先ほどまで捜査一課長の権藤の部屋にいた。


 本日より正式に発足する犯罪対策課の部署名が決まったそうだ。


 ぜろ。捜査零課という位置付けになるらしい。無論、表に公表されることはない。


 部屋の前に辿り着くと山本は大きく息を吸った。そして、ゆっくり吐く。


 ドアノブを引いて扉を開ける。


 部屋の広さは七名の部署にはもったいないが、ダンボールが山積みになっていた。資料が保管されている倉庫のようだ。


 このような部屋を割り当てられたところをみると、本当に窓際部署であるように感じられた。とうとう警察に貢献できないお荷物認定をされてしまったようだ。


 山本は大きなため息をひとつ、室内に足を踏み入れる。


 まずは片付けから始めよう。埃を被ったダンボールが机の上に積まれてある。山本はひとつずつそれらを机から下ろし、部屋の隅に運んでいった。


 腰にくる。


 四個目のダンボールを持ち上げたとき、扉が開いた。



 「犯罪対策課はこちらであっていますか?」



 室内を覗く男性と目が合った。



 「ああ、ここだよ」



 資料で見たため、男性の顔を山本は知っていた。


 身長は一七〇センチほどで体型も標準ではあるが、スーツを綺麗に着こなしており、真面目な性格が伺えた。


 刑事を長年していると、雰囲気で人間の本質がわかるようになる。


 男性は微笑んで室内に歩みを進めた。



 「手伝います」


 「悪いな、助かる」



 彼の名前は結城斗真ゆうきとうま、本日より山本の部下になる。プロフィールには頭脳明晰とあった。


 彼は犯罪対策課の司令塔として選ばれた人材だ。


 それから一〇分ほどすると次々と他のメンバーも集まりはじめた。


 部屋の前に部署の表札がないため、この部屋が犯罪対策課で合っているのか確認してから入ってくる。



 「おいっす!」



 部屋中に響く大声と共に体格の大きい男性が入ってきた。


 見た目の通り、彼は特攻要員として選ばれた。身長は一九〇センチ以上あるだろう。身体の大きさのせいで怖がられることが多いが、明るく接しやすい性格をしている。



 「おはよう。あとひとりで全員が揃うから、その後に話をしよう」



 全員が協力してダンボールを運び、机を拭き掃除を続けた。


 時計を見ると、そろそろ午前十時になろうとしていた。集合時間は皆に伝わっているはずだが、来ていない残りのひとりは山本が連絡していない人物だ。


 連絡はついているのだろうか。


 初日であるため、全員が集まってから話をしたいところだ。集まった面々は初対面であるにもかかわらず、雰囲気よく談笑していた。もう少しだけ待つことにしよう。


 結局最後のひとりが現れたのは十時二十分だった。


 先ほど起きたようなボサボサの髪、スーツもだらしなく着ている。最上圭だ。



 「悪い、遅れた」



 山本はため息をついたが、初日から説教で始まるのもこの良い雰囲気を壊しそうだと思い、やめておいた。



 「よし、全員揃ったな。俺は山本英明。この犯罪対策課の課長だ。先日まで捜査一課にいた。刑事としての経験はこの中で一番長いから、困ったことがあれば何でも聞いてくれ」



 真面目な斗真は「よろしくお願いします」と頭を下げた。それに倣って周りも頭を下げる。


 圭はただ眠そうに焦点の合わない視線を向けるだけだった。



 「それでは、結城くんから簡単に自己紹介をしてくれ」



 山本に指名され、次は斗真が自己紹介を始めた。



 「結城斗真です。大学で犯罪心理学の研究を行いつつ、企業のコンサルタントもしています。警察の捜査に協力したこともあり、その関係で今回この部署のメンバーに選ばれました」



 斗真は慣れた様子ですらすらと簡潔に自己紹介を終えた。


 次に指名されたのは身体が大きい青年だった。



 「俺の名前は藤誠也ふじせいやだ。喧嘩なら負けたことはない」



 藤はワイシャツの袖を捲った。暑かったのか、ジャケットは脱いでいた。


 熱血な分体温も上がりやすい。ワイシャツの上からでも確認できるほどに大きな筋肉が張っている。



 「ありがとう。次、よろしく」



 山本はメンバーが立っている順番に次々と指名していく。



 「私は小鳥遊凛たかなしりん。潜入捜査なら任せて。探偵をしていたから、情報収集は得意。紅一点ってところかしらね」



 犯罪対策課に配属された二名の女性のひとり。赤い口紅が目につくが、非常に美形な顔立ちをしている。


 ブラウンのロングヘアで、高身長、スタイルもモデルに引けをとらない。大人の女性の雰囲気があり、男性をターゲットにした情報収集は有利だろう。


 凛は手で次の方どうぞ、と男性に合図をした。その合図に男性は頷いた。



 「宗馬健一郎そうまけんいちろうだ。元特殊部隊員でスナイパーだった。遠距離狙撃を得意としている。籠城などの事件を経験したことがある。現場への突入であれば知恵を貸すことができるかもしれない」


 宗馬は三十歳であり、二十代が中心である犯罪対策課のメンバーの中ではもっとも山本に歳が近い。


 話し方から堅実な性格と歳相応の落ち着きを感じとれる。そばには黒色の巨大なケースが置いてある。おそらくスナイパーライフルが入っているのだろう。


 スナイパーが配属されたということは、少なくとも危険な仕事に関わりがありそうだ。


 山本は自分だけが何の能力もない平凡な人間であることを知った。経験だけで課長が務まるものだろうか。



 「じゃあ、次は君、自己紹介してもらえるかな」



 皆の視線がひとりの女性に集まる。



 「あの、雨宮桜あまみやさくらといいます。パソコンを使って皆さんのお役に立てると思います。プログラミングやハッキングができます。よろしくお願いします」



 犯罪対策課最年少の桜は二十歳だが、その容姿は高校生にしか見えない。流行りのゆるふわショートヘアで童顔。加えて背も低く、ひとりだけ幼い子供のようだった。


 凛が先ほど紅一点と言ったのは、そのせいだろう。


 しかし、その実力はサイバー犯罪課にも認知されており、協力を要請されることもあった。


 興味本位で始めたプログラミングが面白く、のめり込んでしまったが、その才能は諸刃の剣だ。使い方を誤ると、桜自身が犯罪者になってしまう。


 残りはあとひとり。皆の視線が圭に集まった。



 「最上圭」



 山本はその先を待ったが、圭は何も話そうとしなかった。相変わらず眠そうな目をしており、室内は沈黙で包まれた。



 「最上くんは何か得意なことはあるかな」



 山本の質問に俯き、考える。圭から出た言葉は、「gun」だった。



 「拳銃か」



 圭の経歴にはニューヨーク市警とあった。長年のアメリカ生活で拳銃という単語が思い出せなかったようだ。



 「圭と呼んでくれ。ファミリーネームは慣れていない」


 「了解した」



 ファーストネームで呼び合う英語圏の文化が根づいているのだろう。名字で呼ばれることには慣れない。このときは、それが理由だと思った。



 「それで山本さん、最初の仕事は何かしら」



 凛に問いかけられたが、その答えは山本も知らされていない。



 「このあと刑事部長に呼ばれている。指示はそのときにあるだろう。詳しいことがわかれば伝えるよ」


 「警察も結構暇なんだな」



 藤は両手を頭の後ろで組んで、伸びをした。


 圭は近くにあった椅子に腰掛け、大きなあくびをする。


 時差のせいでまだ日本の時間に慣れない。ニューヨークにいた頃は寝る時間もなく動き回っていたが、日本に来てからというもの、常に睡魔と戦っている。


 山本は刑事部長に会うために部屋を出た。


 残されたメンバーは近くの椅子を引き寄せ、退屈な時間を過ごすのであった。

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