4 - 家庭
山本は仕事を終え帰宅した。帰宅したらいつもすぐに風呂に入る。その後は妻の
普段はこのように早い時間に帰ることはないのだが、辞令が出たことで捜査一課に山本の居場所はなくなった。
突然の異動ではあったが、同僚たちに挨拶も済ませた。同情されているような目が心に刺さった。
同僚たちも考えていることは山本と同じだった。この年齢になって異動とは、お役御免と三行半を突きつけられたも同然だ。
新たな部署が始動するのは週明けだ。通常なら手に入らない連休ができた。この際ゆっくりすることにしよう。
明美は「あら、それなら久しぶりにお出かけしましょうか」と両手を合わせていた。
もちろん異動のことは伝えた。夫は刑事人生を捜査一課で終えるものだと思っていた明美は驚いた様子だったが、その後は特にその話題に触れることもなかった。
左遷であることに気づいているかはわからない。
明美は昔から勘が良い。仕事で何かあればすぐに声をかけてくれる。そういう部分に惚れて結婚した。その上であえて気を遣い、触れないようにしてくれているのかもしれない。
俺にはもったいないよくできた妻だ。改めてそのことを実感した。
「おかえり。珍しいね、こんな時間に」
二階から降りてきた長女の
「ただいま。休みをもらえてな。捜査一課を異動になって、新しい部署の課長に任命された」
「へー、すごいね!」
柊子は幼い頃から山本をよく褒めてくれる。長女として、明美の姿を見て育ったのだろう。
女の子は思春期や反抗期には父親を毛嫌いして避ける時期があるものだと思っていた。しかし、柊子にはそれがまったくなかった。
父としては嬉しかったが、何かを我慢しているのではないかと心配になることもあった。
成長した結果、柊子はただ優しい性格であるというだけであった。今となっては安心している。
二年前に第一志望の大学に入学し、ずっとやりたいと言っていた英語の勉強に日々取り組んでいる。卒業後はキャビンアテンダントになりたいそうだ。
柊子にはふたり妹がいる。ひとりは今年大学生になったばかりで、もうひとりは高校三年生で大学受験に向けて勉強している。
まだまだお金がかかる。どのような仕事でもやっていくつもりだ。
山本に残されている仕事へのモチベーションは、家族の幸せであった。
夕食を終え、ソファに座ると今日渡された資料に目を通しはじめる。
犯罪対策課は起こりうる事件を未然に防ぐことを目的としている。警察はすでに起こった事件を捜査することでしか手が出せない。対策課は新たな試みといえる。
すでに組織犯罪対策部が警視庁には存在するが、そちらは暴力団などの組織的な犯罪を捜査する専門の部署だ。刑事部にできたこの部署とは目的が違う。
しかし、起こってもいない事件を未然に防ぐとはどのように行うのだろうか。未来を予知するつもりでいるのだろうか。そのようなことは可能だろうか。
週が明け、正式にメンバーが集まってから具体的な指示は出るそうだが、上層部は何を考えているのだろうか。
未知のことに不安が膨らむ。軽犯罪に対応するのだろうが、異常な胸騒ぎがする。
そもそも軽犯罪を担当するとは言われていないのだ。山本が勝手に都合の良いように解釈している可能性だってある。
命を落とすほど危険な職務であったとしても引き受けるべきなのだろうか。無論、拒否権はないだろう。
先のことを心配していても仕方がない。書類にあるメンバーの顔と名前だけでも一致させておこう。
職務への心構えと、コツコツと努力する真面目なところが同僚からの信頼が厚い理由である。昔から頭が良いとは言えないため、六人の名前を覚えるだけでも時間を要する。
「そろそろ寝た方がいいんじゃないの?」
明美に声をかけられて、言葉に甘えることにした。
それにしても、メンバーの全員が様々な経歴と過去を抱えているようだ。そのどれもが異色であり、山本のように刑事として事件に向き合ってきただけの人間とは違った。
この中で山本にあるのは年齢と経験だけだ。
果たしてこのメンバーをまとめることが俺に可能なのだろうか。
目を閉じても邪魔な考えだけが思考を巡り、山本を睡眠に落ちることから妨げた。
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