2 - 気配
すっかり日は沈み、一定の感覚で白い街灯が並んでいるが、ひとりで歩いているためその光は弱々しく見えた。
ひさびさに大学の友人と会い、食事とカラオケ、ガールズトークで盛り上がった。
四年生で就職活動が本格的に始まったことにより、それぞれが異なるキャリアを目指している。
そのため顔を合わせる機会が少なくなった。
偶然皆の活動の休日があったため、急遽集まることになったのだ。
麻衣には仲の良い友人が三人おり、今日はその四人が集まったのだが、他の三人は麻衣にはない癒しを持っている。
恋人である。
麻衣は整った顔立ちをしている。背丈は女性の平均より少し低い。体型は成人してからもスレンダーとは遠く、セーラー服を着ていると高校生と思われる容姿だ。
今日は友人と会うために肩まである黒髪を巻いていた。
決して男性にとって魅力がないというわけではないのだが、麻衣に恋人ができない理由を友人はわかっていた。
彼女自身が男を寄せつけないのだ。
学業優秀、いろいろなことを解決できる能力を持っている。
その姿を見ると男の頼ってほしいという願望は麻衣によって実現されそうにない。仕事ができる上司のように付け入る隙を見せないのだ。
そのことに麻衣本人は気づいていない。友人たちのアドバイスも聞き流している。
恋人がいると違う世界が見えるのだろうか。憧れはあるが、見つけるには難しすぎる。積極的に行動することは得意ではない。
帰宅すれば母がいる。その存在だけで麻衣の心は満たされた。
いつもの帰路。見慣れた公園が街灯の中に浮かんでいる。
麻衣は歩みを止めた。記憶に蘇るのは父の笑顔。
「お父さん」
いつも明るい父の思い出の中に、ひとつだけある負の記憶。その思い出の中の父は赤色に染まる。
麻衣は首を振ってその記憶を振り払った。
すると、前方から人影が近づいてくるのが見えた。暗闇でよく見えないが、パーカーのフードを深く被って顔を隠すように俯いて近づいてくる。
春は近づいているが夜はまだ冷える。
その人影は麻衣の横を通りすぎ、すれ違った。夜道にひとりということもあり、周囲を警戒してしまう。父のこともあるからだ。
麻衣は考えすぎかと再び歩きはじめた。
しかし、そのまま通り過ぎていったはずの足音が、同じ大きさで後ろから追いかけてくる。
不気味に思い速度をあげるが、その音は次第に近づいてきた。ようやく危機的状況にあると判断した麻衣は、走りだした。
その人物も同時に走りはじめ、麻衣は簡単に追いつかれてしまった。
友人に会うためにおしゃれなヒールを選んだため、速く走ることができなかった。
背中を押され、バランスを崩して地面にうつ伏せに倒れた。
手をついたが、地面に倒れたときの衝撃で呼吸が苦しい。麻衣は髪を掴まれ、強引に顔を上げられると、耳元で「殺してやる」と低い囁きを聞いた。
この状況でもっとも聞きたくない言葉。
過去のトラウマが蘇る。忘れてしまいたいが、あれが父の姿を見た最後の記憶。
逃れようと身体を必死に動かしてもがくが、男は馬乗りになって麻衣の身体を逃さない。
女性の力では馬乗りになっている人間を突き飛ばすことも不可能であった。
再び父の顔が浮かんだ。
「助けて!」
麻衣は腹から出せるだけの声を絞りだした。あたりにはふたり以外の姿はないが、麻衣は生きることを諦めなかった。
あの日父がくれた命を無駄にするわけにはいかない。これ以上母に家族を失う悲しみを味わわせるわけにはいかない。
もう一度助けを求めようとしたとき、背中にあった重圧は消えた。呼吸は楽になり、腕に力を込めて地面を押した。
身体を起こすとその場には誰もいなかった。
助かったようだ。
急いで立ち上がり、暗闇の恐怖の中を走った。
父が助けてくれたのかもしれない。そう思うと一刻も早く母に会いたいと思った。
「お父さん」
自らを守るおまじないのように同じ言葉を繰り返して走り続けた。母が待つ家に一刻も早く帰って顔を見たい。
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