第2話 雪の女王

 あるとき、年老いた旅人が、雪に覆われた深い森を訪れました。

 凍りついたような鋭い風と冷たい雪が、彼の行く手を阻みます。吹雪はやまず、一歩進むごとに旅人の体力を奪っていきました。


 風の音以外は何も聞こえません。

 目の前は風で舞い上がった雪で真っ白になり、自分がまっすぐ進んでいるのかさえわからなくなりそうです。

 旅人は吹きつける吹雪に耐えながら、森を歩いていきました。


 突然、風がふっと、うそのようにやみました。

 旅人が思わず顔を上げると、真っ白な森に雪がほろほろ降っています。

 耳が痛くなるほどの静寂が森の中を包んでいました。

 今まで吹雪の中を歩いていたのが幻だったかのようです。


 旅人はふしぎに思いました。こんなに突然、ひどかった吹雪がやむことは、普通ありえません。

 森の静寂を破って、モミの木々の向こうから、そりを引く音が微かに聞こえてきました。旅人は一番近くのモミの木の陰に隠れて、息を潜めました。

 獣の声さえ聞こえてこない静かな森に、そりの引く音が近づいてきます。

 旅人は目を凝らしました。


 そりを引いてきたのは、大きく真っ白な、六頭のトナカイです。

 太く立派な角を冠のように広げて歩いています。豪奢な六頭だちの馬車のように、トナカイたちは二頭ずつ並んで、後ろの大きなそりを引いていました。

 旅人は目を見開き、思わず息を呑みました。


 そりの上には、白いドレス姿の栗色の髪のむすめがいました。

 むすめの頬とくちびるは薔薇のように輝いています。むすめはトナカイたちを手綱で操り、そりを引かせていました。


 それは、旅人がずっと昔に亡くしたはずの最愛の娘の姿でした。

 旅人は、愛しく懐かしい顔を見て、すっかり愛娘が恋しくなってしまいました。そうしてそのまま、トナカイとむすめが進む方へふらふらとついていってしまいました。




 それから、その旅人を見たという話は聞きません。

 ですが、ひとつの噂がその森の周辺で流れるようになりました。


 雪深いその森の中には、人を惑わす魔物がいて、行き合った人が一番恋しいものに化けるのだそうです。

 そして人を森の奥へと引き込んで、その人の生気を吸ってしまうというのです。

 旅人が出会ったのがその魔物なのか、愛娘の亡霊だったのか。

 それは今となってはわかりません。


 ひとつ確かなのは、もうその森には、人は分け入らなくなったということだけです。

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