第3話 白の肖像
あるとき、年若い魔法使いが冬の森の中を歩いていました。
魔法使いはあちこちを旅していて、土地の人に泊めてもらうかわりに、魔法で困っている人の手助けをするという生活をしていました。
雪深い冬の森には、様々な生き物がいます。狼や熊やキツネのほかに、雪の精や氷の魔物がいるのです。
魔法使いは樫の杖をつきながら、雪をかき分け進んでいました。
降ってくる雪を払い、白い息を吐きながら、魔法使いは歩きます。
火の魔法を使えたら、きっと身体をあたたかくして旅ができるのでしょうが、この魔法使いは雪と氷を扱う魔法使いなので、火の魔法は使えませんでした。
吹きすさぶ雪の中を進んでいくと、森の中で真っ白な屋敷を見つけました。
それは、まるで氷でできたように青白く透明で、窓や扉が精巧に作られていました。屋根には雪が降り積もり、屋根の終わりにはたくさんの大きなつららが、まるで逆さまの剣山のように連なっていました。
魔法使いは屋敷を見上げて思いました。
「こんなおかしな屋敷が森の中にあるのは、きっと中に人ではないものがいるに違いない。人を襲う魔物なら放っておけないし、中がどうなっているのかひとつ調べてみよう」
魔法使いは氷の扉を開けて中に入りました。
魔法使いは屋敷の中を見回し、感嘆の息を吐きました。
窓も、シャンデリアも、階段も、壁も、何もかも氷でできているのです。
中は当然寒く、魔法使いは身体を震わせました。
玄関の真正面には階段があり、階段を上ったところに大きな絵が飾られています。魔法使いは絵を近くで見てみようと階段を上り、絵を見上げました。
その絵に描かれていたむすめの、とてもうつくしいこと!
こんなにうつくしいむすめを、彼は今まで見たことがありませんでした。
銀色の髪を流し、雪のような白い肌のむすめが、絵の中で魔法使いに微笑みかけています。むすめのくちびると頬は薔薇のように赤く、白いドレスを着ていました。
魔法使いは一目でそのむすめの虜になってしまいました。
それからというもの、魔法使いはその屋敷に住みつきました。
絵のむすめと離れて、また流浪の旅に出るのがいやだったのです。
魔法使いは雪と氷の魔法を使って、ベッドを作り、食器を作り、机を作り、屋敷で暮らしました。雪を鍋で溶かしてお湯を作り、森の中のウサギを獲って食べました。
魔法使いはずっと絵の傍にいて、絵の中で微笑みかけるむすめに、旅の途中であった色々な話をしたのです。
魔法使いは幸せでしたが、もっと幸せになりたいと思うようになりました。
絵の中のむすめが、本物になって彼と言葉を交わしたり、一緒に外を歩いたりできるようになれば、どんなに素敵だろうと考えたのです。
彼はどうしてもむすめに触れたいと思って、魔法を使いました。
絵の中にいるむすめとそっくりなむすめを、雪と氷を使って作り命を吹き込んだのです。
しかし、できあがったむすめは雪と氷でできていたので、心臓もなく、あたたかい血も流れていませんでした。
むすめには、人のようなあたたかな心がなかったのです。
氷の心を持って生まれたむすめは、雪と氷の魔物でしかありませんでした。
むすめは、魔法使いを氷の身体に変えてしまいました。
そしてそのまま雪を纏い、森の中へと消えていきました。
それからむすめは、行き交う人の望む者に姿を変えて人を誘い、その生気を吸ってしまう氷の魔物になりました。
氷の身体にされ、身体の機能をすべて失くし、言葉も失くした魔法使いは、そのまま氷の屋敷を住処にするようになりました。
そして魔法使いに宿っていた魔法の力は、その瞳に映った者を氷漬けにする呪いの力に変わってしまったのです。
魔法使いは愛しいむすめを失いました。人の心が残っていた魔法使いは、それから泣き暮らすようになりました。
そして、その涙がこぼれた場所には、氷の花が咲くようになりました。
魔法の力が宿る瞳から流れる涙で作られたので、それは万病を治す素晴らしい薬となるのです。
やがて氷の花を求めた人が、森を訪れるようになりました。
そして花を摘もうとやってきた者たちを見て、魔法使いは人を氷漬けにしてしまうようになったのです。
魔法使いはそれから程なくして、氷の王子と呼ばれるようになりました。
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