第94話 吸血鬼との契約

 僕の右手から流れ出す赤い血を倉田君はごくごくとうまそうに喉をならし、飲んでいた。

 血を流したためか若干のふらつきを覚えると月読姫がもうこれぐらいでいいでしょうと言った。

 左手が勝手に動き、手のひらの月読姫が僕の傷口をべろりとなめた。

 月桂樹を月読姫が発動させ、傷は瞬時に治癒する。

 

 僕の血液を飲んだ倉田君は両手で顔をおおい、地面に膝をついた。

 真横にいた久保美由紀はどこかうれしそうな顔をしていた。

 恐らくだけど、彼女には倉田君が苦しんでいるようにみえるのだろう。

 だけど、ぞうじゃないんだな。

 これはQがサキュバスになったときと同じように種族進化が起ころうとしているのだ。


 そうよ、月彦はこの人物の契約を上書きしたの。

 彼の使役者からの命令を無効化したのよ。

 血液にとけこんだ賢者の石の力でね。

 月読姫は言う。


「ハアハアハアッッ……」

 倉田君はあえぐように息をはく。

 彼の指の隙間から見える顔がみるみる間に変化していく。 

 失われたまぶたと鼻とくちびるがつくられていく。

 すぐに人の顔になる。

 僕の記憶に残る倉田君の顔とほぼ同じものになった。

 違うといえば顔色がかなり青ざめているということだけだろう。


 倉田君は自分の顔を両手でなでる。

「もとに戻っている」

 嬉しそうに言う。


 僕は左手の月読姫で倉田君の素質ステータスを読み取る。

 種族は吸血鬼ヴァンパイア

 特技スキルは飛翔、夜間限定強化、次元接続、限定支配となっていた。

 人食いグールよりも全体的に素質ステータスは上昇している。


「ありがとう、夜空君。もとの顔にもどしてくれて」

 倉田君はそう言い、僕の手を握った。

 その手は冷たい。

「さあ、契約してくれ。エリザベート様、いや、エリザベートの命令を完全に消し去ってくれ」

 倉田君は言う。

「ああ、いいよ。でも条件がある。君はこれから一切僕にさからわないこと。この条件が守られているあいだはそれ以外の行為はすべて自由だ。いいよね」

 僕は言う。

「わかった。もうこの場所で誰かを殺さなくていいのなら、それに従うよ。僕は決して君を裏切らない」

 そう言い、倉田君は僕の右手に口づけした。


 では彼にもあの牛乳娘のような名前をつけましょう。

 そうすれば血の盟約は完成し、月彦に付き従うわ。

 今回は牛乳娘とちがって条件はかなりゆるいわ。

 月読姫はいう。

 

「じゃあ、倉田君。君に新しい名前をあげるよ。これで君は前の契約者から解放されて新しく僕の支配下にはいる。条件はさっきいったとうりだ、いいね」

 僕は倉田君の目をみる。

 彼は静かにうなずいた。

 僕はそれを了承とうけとった。


「よし、じゃあ、君は吸血鬼のVだ。血の盟約が守られるかぎり、僕はVの自由を保証する」

 僕は宣言した。

 その途端、倉田君の左目の下にアルファベットのVの字が浮かんだ。

 青い字であった。

 倉田君、いや、Vはそれを撫でて、にこりと微笑んだ。

「Vか、いい名前だね。了解した。僕は決して君をうらぎらないよ。これからは君の影となって生きる。まずは手始めにこの皎血城の全体をダウンロードするよ。十二使徒の一人がいってたけどエリザベート・バートリーはアルカナいうのを持っているそうだ」

 Vはそう言い、僕の背後にまわる。

 僕は首をひねり、その姿を見た。


 鎖をひき、Vは久保美由紀と一緒に影の中に沈んでいく。

 底無し沼に沈んでいくようだ。

 久保美由紀の顔は悲痛極まりないものだ。

「さあ、美由紀。これからは主人マスターの影の国で一緒に暮らすんだ。もう現実世界にはもどってこれないよ。これが君がおかした罪にたいする罰だ……」

 その言葉を残し、二人は完全に影の中に消えていった。

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