第93話 使役される者の解放
学校での僕は良くも悪くも目立たない存在であった。
僕が高校に通うのはなかば義務のようなものだった。
本当は進学しなかった
高校ぐらいは出ておかないといけないと思ったからだ。
こんなゾンビだらけの世界になるのなら陽美と一緒にひきこもればよかった。
学生生活にそれほど興味のなかった僕だけどクラスの内情ぐらいはそれなりに理解しているつもりだった。
目の前で鎖につながれている少女久保美由紀はクラス、いや学年のカーストトップに君臨していた。
父親は貿易関係の会社をいくつか経営しており、かなり裕福な家庭だった。
彼女自身の学業も優秀だったはずだ。
見た目もそれなりに可愛かった。
僕にとっての可愛いの基準が陽美だったためそれほどと思っていたが、一般的には美人の部類だった。
陽美は絶世の美少女である。
でも陽美とちがいその性格はかなり悪いものだった。
倉田君はそんな彼女久保美由紀からひどいいじめを受けていた。
口にするのもはばかれるようなひどいいじめだった。
クラスの人間はそのいじめに荷担するか傍観するかのどちらかだった。
下手に助けたりしたらその対象が自分にかわると思われたから、誰も助けるものはいなかった。
そして僕は傍観するほうだった。
それは僕の人生に関係あるものと思わなかったからだ。
正義感からこの揉め事にはいるほど僕は学生生活に気力があるわけではなかった。
正直、僕は陽美以外の人間はどうでもよかったのだ。
そんな犯罪どうぜんのことを行っていた久保美由紀が今はあわれな囚人となっている。これは想像だけど倉田君は久保美由紀に思う存分恨みをはらしたのだと思われる。そして性の欲望のはけ口にもしたのだろう。
「ねえ、君のこと覚えているわ。夜空君でしょう。ねえ、お願いよ、私をこの怪物から助けてちょうだい」
久保美由紀は必死に嘆願した。
涙を流し、僕を見ていた。
そうするつ地面に久保美由紀はしたたかに顔をうちつけた。
「おまえはしゃべるな」
倉田君は言った。
久保美由紀はひくひくと泣くだけだった。
「ねえ、あの人あんたの知り合いなの?」
Qが訊いた。
「うん、もとクラスメイトのようなんだ」
僕は答えた。
「夜空君、君と話をしたいのだけど、いいかな?」
くぐもった声で倉田君は訊いた。
「うん、いいよ」
僕は答えた。
戦えば勝てるだろうが無駄な戦いは体力を消耗するだけなのでできるだけ避けたい。話あいで回避できるなら、それにこしたことはない。
「僕はエリザベート・バートリー様の命でこの皎血城の門番をしているんだ。エリザベート様の力でゾンビにならずにすんだんだ。それに強い体にしてもらったんだ。それに僕にひどいことをしたこいつを自由にしていいってね。この城に近づくものを排除することを条件にね」
と倉田君は言った。
そして倉田君は顔にまかれた包帯を外した。
その包帯は乾いた血で汚れていた。
包帯の下の顔はまぶたも唇も鼻もない不気味なものだった。
歯はむきだしで顔に皮膚はなく、その舌の筋肉が直に見えていた。
Qは手で口を押さえていた。
いろいろ見てきたQも驚愕を隠せないようだった。
普通の女の子だったら卒倒していただろう。
難波零子さんはいたって平気そうだ。
彼女なりの死線をかいくぐってきたということだろう。
「この城に近づく者たちとの戦いでこうなったんだ。でもそんなのは些細なことさ。僕はエリザベート様に従属している。そこのチャイナドレスの女の子と同じようにね。でもかなり自由にしているようだね。うらやましいよ、僕はエリザベート様にそんなに気軽に話かけられないからね。あのお方は本当に恐ろしい方だから。それでね、夜空君、君にお願いがあるんだ。僕をエリザベート様の支配から解放して欲しいんだ。十二使徒の人がそう言っていたよ」
倉田君は言った。
十二使徒か、やつらは要所要所であらわれるな。
「もちろんただとは言わないよ。僕は絶対に君たちに敵対しない。それに僕が持つ皎血城の情報を提供しよう。僕は城を離れて、この美由紀と一緒に暮らすんだ。かつて僕を虐げた人間を支配して生きていくんだ。どうだい、痛快だろう」
ぐふふっと歪んだ笑みを浮かべた。
それは歪んだ欲望からくるものだろう。
絶対的な力を持つようになった彼はその復讐の悪酒に酔っているんだ。
それに久保美由紀は美人である。
男の欲望を満たすには十分だ。
「やめて、私はこんな化け物と一緒にいたくないの。もう、腐った体に抱かれたくないの。お願い、夜空君、私を助けて!!」
また久保美由紀は懇願した。
過去の自分の行いをかえりみずに。
僕はQと零子さんの顔を交互に見た。
「あんたの好きにしたらいいわ。なんせ、あんたは私はの
Qは言った。
「私はこの世界の住人ではない。正直言うとね、私はもとの世界に戻るのが目的なんでこの世界のことは興味がないのよ。だから君がどちらを選択しても私は反対しないわ」
美麗な顔に笑みを浮かべて、零子さんは言った。
皎血城の情報を知るために倉田君を解放するか。
そうすると生き延びた人間である久保美由紀を見捨てることになる。
久保美由紀を助ければ、倉田君を殺し、情報は手に入らない。
しかし、歪んだ欲望に支配された力ない少女を助けることができる。
僕に正義感と良心があればそちらを選ぶべきだ。
僕はしばらく考え、斬鉄剣流星を抜き放った。
倉田君に近づく。
その光景を見て、久保美由紀の顔に希望に満ちた笑顔になった。
ごめんよ、僕は君の願いをかなえない。
僕は斬鉄剣の刃を自分の右手首にあてた。
一気に引く。
手首から血が吹き出す。
痛みは月桂樹の力でやわらげる。
「僕の血を飲むといいよ。倉田君、君を解放しよう」
その言葉を聞き、倉田君は狂喜し僕の鮮血をうまそうに飲んだ。
久保美由紀の顔は一瞬にして絶望の色に染まった。
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