第70話 変化

 精魂つきはてた僕は深い眠りに落ちていた。

 ようやく目が覚めて、壁のデジタル時計をみると二十時を少しまわっていた。

 目を覚ましたもののまだ僕の体には疲労がかなりたまっていて、起き上がるのもままならなかった。


 セイレーンを浄化するのにかなり大量のエリクサーを使用したからね、すぐには体力は回復しないわよ。

 それほどエリクサーの錬成は体に負担がかかるの。だからあまり多用はできないのよね。

 と月読姫は言った。


 セイレーンはその秀麗な顔を僕に近づけ、かるく口づけした。

 髪だけは白いままであった。

 セイレーンは優しく僕の頬をなでた。

「ありがとう、とても気持ちよかったわ」

 セイレーンは両手をのばし、僕の背中に手をまわす。

 その腕は力強く僕に抱きつく。

 僕も彼女の細い体を抱き締めた。


 あれ、おかしいぞ。

 背中にのばされたセイレーンの腕の力が強い。

 ちょっと痛いぐらいだ。

 そんなに強く抱きつかなくても。

 あれっけっこう痛くなってきたぞ。

 それに耳もとでセイレーンの息が聞こえるが、それはぜえぜえと荒いものになっていく。

「痛い!!」

 思わず僕は声をあげてしまった。

 背中にまわされた手の爪が僕の背中に食い込み、血が流れる。

 生あたたかい血の感触が背中につたう。

 セイレーンの顔を見ると目は真っ赤に充血し、歯をむきだし、口からよだれをだらだらと流していた。白い頬に青い血管が浮かんでいる。

 この表情は前にも見たことがある。

 この顔はQがゾンビ化寸前の時に似ている。


 そんな、セイレーンの毒は消え去ったはずなのに。


 セイレーンは僕の体から離れると、ベッドから落ちた。

 四つん這いになり、苦しみだした。

 両手で頭を押さえている。

 うーうーと苦悶の声をもらしていた。

 メリメリと背中が裂け、そこから以前見たことがある羽が生えだした。

 

 セイレーンはあううっと唸り声をあげている。

 ぼたぼたと汗とよだれを床に垂れ流している。

 背中から生えた白い翼は何かの粘液でべっとりと濡れていた。

 それがゆっくりと広がる。

 二度、三度と羽ばたかせるとその粘液は

すべて床に落ちた。


「頭が、頭が痛い」

 両手で頭を押さえ、セイレーンは苦しんでいる。


 彼女を浄化させるために僕は体力のほとんどを使ってしまっている。

 少し眠ったが、全快にはほど遠い。

 今は立ち上がるので精一杯だ。


 ふらりと立ち上がり、僕はセイレーンに手をのばす。

 苦しんでいるセイレーンは両手をばたばたとふり、暴れだした。

 僕の手を払い除ける。

 痛みが手にジンジンと響く。

 女性の力とは思えない強さだ。


 僕は左手の月読姫でセイレーンの素質ステータスを読み取った。

 生きているのがぎりぎりだった体力と魔力が目一杯回復している。

 ほかのパラメーターも全快している。

 いや、その総量は前よりも格段に上昇している。

 特技スキルは以前の治癒、予知、聖歌に飛翔と対物理攻撃が追加されていた。

 そして、やはりというかその見た目の変化の通り、種族は天使となっていた。



「我は天使ラファエロ。戦争を司る者。黙示録の四騎士である……」

 セイレーンは言った。

 その声はセイレーンのものではなく、男の声であった。



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