第67話 守る人と守られる人
セイレーンと名乗った女性は苦しそうに咳き込んだ。口を塞いだ手に赤い血がつく。
醜く崩れかけたその容貌からはわからなかったが、どうやらその声から判断するにまだ若い女性のようだ。おそらく二十代前半であろうと思われた。
車イスの女性を左手の月読姫で
種族魔女。
特技治癒、聖歌、予知。
体力と耐性がぎりぎりまで落ち込んでいる。魔力も残りわずかだ。おそらく先程、ゾンビをおいはらったときにかなりの魔力を消費したと思われる。
セイレーンと名乗った彼女は簡単にいうと死にかけているのだ。
見るからに毒のようなものが彼女の体を蝕んでいるように思われた。
そうね。彼女はなにもしなければ、もうまもなく死んでしまうわ。彼女の治癒の力はアンデッド化を防ぐことができるようだけど、その代償に体に毒として蓄積するようね。
そしてその治癒の能力でここにいる人たちをすくった結果がこれね。
月読姫がそう補足した。
なるほど、彼女の今の姿はここにいる人たちを救った結果ということか。
ライフルを持った男は安藤と名乗った。
彼は機動隊に所属する警察官で射撃の世界大会に出場したこともあるという。
どうりであの的確な射撃を行うはずだ。
彼のズボンをつかむ少女がいる。
その少女は百合と名乗り、安藤の姪にあたるということだった。
彼女の両親は安藤の奮戦むなしく、ゾンビに殺されたたという。
あわや彼らも取り囲まれ、絶対絶命のところをセイレーンに救われたという。
「あのゾンビどもは追い払ったのか」
耳が痛くなるほどの大声で聞くのは海老原という中年男だった。
県会議員と名乗り、見るからに不遜で尊大な男だった。
おまけにQの肢体をじろじろと眺めていた。
その視線を感じたのか、見るからにQは不機嫌な顔になった。
「ええ、追い払いましたよ。彼らが手伝ってくれたのです」
安藤が嫌そうな顔で言った。
「で、こいつらは何者だ?」
海老原は僕たちを見て言った。
「この人たちはセイレーンを治せるかもしれない人たちよ」
美咲が言った。
「ふん、なんだ化け物の仲間か」
吐き捨てるように海老原は言った。
ジャケットの胸ポケットからスキットルを取りだし、ぐびぐびと飲んだ。
そして酒臭い息を吐いた。
その後、ふらふらと消えていった。
その言葉を聞き、Qはあからさまに腹をたてた。
「何、あの人感じ悪いわね」
とQは言った。
「こうなる前は先生って呼ばれてたみたいだけど、今じゃただの厄介者よ。私もセイレーンに助けてもらって彼女には感謝してるけどあいつだけはないわ。セイレーンは優しいからあんなのもかくまってるけどね。私なんか蛾女よばわりよ」
あきれた顔で美咲は言った。
平和な時代は権力者として偉そうにしていたのをこのゾンビが徘徊する世界になってもひきずっているようだ。
この世界はどうやら人間の本質のようなものを写し出しているようだ。
海老原のような男も助けるセイレーンや変わらぬ姿の両親は尊敬に値するな。
水ぶくれだらけで膿が吹き出している手でセイレーンは僕の手を握った。
弱々しいがまだ暖かい人の手だった。
僕は膿で汚れることもいとわずに手をにぎりかえした。
彼女の手は、自身をかえりみずに他者をたすける尊いものだ。決して汚いものではない。
「あなたが来ることは予知できていました。それにモヨ子さんが教えてもくれましたし」
咳き込みながら、セイレーンは言った。
咳き込むたびにまた吐血していた。
「ねえ、お兄ちゃん。セイレーンのお姉ちゃんを助けてあげてちょうだい」
百合が小さい手で僕の手に触れて言った。
「私からもお願いする。セイレーンは命の恩人だ。できれば私が助けてあげたいが、私は悔しいが無力だ。人々を守る警官だというのに。夜空君、頼む、彼女を助けてくれ」
安藤が頭を下げた。
僕もこの優しい人を助けたい。
そうね、セイレーンを助けてあげましょう。今の月彦の能力ならそれが可能よ。でも彼女を助けるにはかなり体に負担がかかると思われるから気をつけてね。
月読姫が言った。
「わかりました。やってみます」
僕は百合ちゃんの頭を撫で、そう言った。
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