第65話 美咲の願い
ビジネスホテルを出て、スバル360を少し走らせると僕の視界に小さな飛行物体が見えた。
視力を三日月で強化するとその人物は蝶の羽を生やした少女だった。
彼女はゆっくりと僕たちの車の前に舞い降りる。
Qはブレーキを踏み、スバル360を停車させた。
「ねえ、あんたあれって」
Qは言った。
そう、僕たちはあの人物を知っている。
小学校で僕たちの前から逃げ出した美咲だった。
「動いている車があったから珍しくて来てみたら、あんたたちだったのね。あのゴスロリの女の子が言った通りね。あなたちに会うことができたわ」
美咲は言った。
Qは金属バッドを握っている。
僕も斬鉄剣に手をかけるほどではないが、警戒した。
彼女はあの田沼のところにいたのだ、警戒してもいいだろう。
「ちょっと待ってよ。私は戦う気はないわ」
小さな両手を前にだし、美咲は左右にふった。
「私ね、あなたたちを探していたのよ。私がお世話になっている人を助けたくてね。でもどうしたらいいか悩んでいたらゴスロリの女の子があらわれて、あなたたちのことを教えてくれたのよ」
美咲は言った。
蝶の羽は小さく背中にたたまれていた。
そのゴスロリの少女とはきっとあのモヨ子のことだろう。
彼女の目的はなんだろうか。皆目見当がつかないな。
ただ、美咲は何か困っているようすだった。
「私の命の恩人のセイレーンを助けてほしいのよ」
懇願するように美咲は言った。
美咲はあの教室で会ったときとはうってかわって毒気がぬけて、年相応の可愛らしい感じだった。
「そのセイレーンってのは何者なんだい?」
と僕は訊いた。
たしか父さんに聞いた昔話では船乗りをその美しい歌声で誘い、とり殺すという魔物だったはずだ。
「田沼さんのところを出て途方にくれた私を救ってくれた恩人なの。セイレーンは他にもゾンビに襲われた人たちをかくまっているの。セイレーンのもっている
と美咲は説明した。
「ねえ、あたなのギフトでセイレーンを助けてちょうだい」
涙目で美咲は言った。
その言葉に嘘はなさそうだ。
僕がもっているギフトで病気を治せそうなのは、月桂樹のことだろう。その能力がどの程度通じるかはわからないが。
美咲の言葉を信じるなら、セイレーンという人物は悪い人物ではなさそうだ。
僕はちらりとQの愛らしい顔を見た。
さて、どうするか。
「ねえ、その人のところに行ってみましょうよ。もし、治せるのなら治してあげようよ」
Qはそう言った。
Qは優しいな。
僕も、もし助けることができるなら助けてあげたい。
これは人道の話だ。
それに次の目的地がない以上、このセイレーンのところにいってみよう。あのモヨ子の言葉を信じるならアルカナの手がかりがあるかもしれない。
月桂樹の力は基本的には病気にも効くわよ。ただしその病気の種類にもよるけどね。
脳内で語りかけるのは月読姫だった。
「わかった。あまり期待はしないで欲しいんだけど、もしかして治せるかもしれない。とりあえず、そのセイレーンに会わせてくれないかな」
僕は言った。
とりあえず、会ってみないことにはどうにもならない。
僕たちをセイレーンのもとに案内するように美咲に言った。
「ありがとう。助かるわ。あなたたちだけが頼りだったのよ」
美咲は微笑みながら、言った。
うん、やっぱり女子は笑顔にかぎるね。
その純粋でうれしそうな笑顔はとても可愛らしいものだった。
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