第53話 はるか彼方の記憶

 ここはどこだろうか。

 空気は乾き、頬をなでる風は冷たい。

 それにその風にはどことなく塩気を感じた。

 どこかの海の近くだろうか。


 僕がぼんやりと風と雲を見ていると、白い巫女服姿の女性が僕の腕をつかんだ。

「どこにいくのですか?」

 その女性は言った。

 この声は聞き覚えがある。

 声の方向に振り向くとそこには長い黒髪を後ろでひとつにまとめた陽美が立っていた。

 陽美は巫女さんの姿も似合うな。

 とてもかわいい。

 陽美に似ているが、なにか違うな。

 

 陽美によく似た女性は僕の体に抱きついた。

 甘い、いい匂いが僕の鼻腔をくすぐった。

 巫女服の陽美は背をのばし、僕に口づけした。

 僕たちはお互い貪るように舌をからめ、唾液をのみあった。

 この感覚は陽美とキスしたときとかぎりなく似ている。

 明けの明星を名乗った月読姫とも似ている。

 甘い唾液が口いっぱいにひろがり、僕は味わうようにそれを飲んだ。

 このままでいたい。

 このままこの人と抱き合ったままでいたい。

 そういう感情が心を支配したが、僕の体は勝手に動く。


 僕は無理矢理、巫女姿の陽美から離れた。


「姉上、私たちは愛しあってはいけないのです。姉上はこの地に残り、民を導かなくてはいけないのです。私は海をわたります。私たちはこのカヤの国では一緒にいれないのです。さらばです、姉上。生まれ変わることがあるのなら、必ずあえるでしょう」

 僕はそう言うと、涙を流す陽美を背にその場から立ち去った。

 口笛を吹き、馬を呼んだ。

 白馬はすぐにあらわれ、僕はそれにまたがり、走り出す。

 はるか後方で行かないでという悲痛な叫びが聞こえた。

 後ろ髪をひかれるとはこのことだろう。

 僕は振り返り、彼女のもとにもどりたいという激しい欲求にかられたが、血がでるまで唇をかみしめ、馬を走らせた。



「おい、おい、月彦。おまえ大丈夫か?」

 そう言い、父さんが僕の体をゆさぶる。


 その声を聞き、僕は現実世界に戻った。

 あの光景はなんだったのだろうか。


「おい、おまえまたどこかに行っていたぞ」

 父さんは僕の肩をだきながら言った。

「うん、なんか変な夢を見たみたい」

 それは夢というにはあまりにも現実味をおびていいた。

 まるで過去の記憶を見せられたようだ。


 僕の言葉の直後、草薙の剣の後ろから白いもやのようなものが浮かんだ。

 そのもやのようなものは、人の形に変化した。

「なに、あれ、あんたに似てない」

 Qが言った。

「そうね、月彦そっくりね」

 母さんが言った。


「解き放ってもらい感謝する。我が末裔よ、汝に加護を……」

 その霧の人物はそう言うと天井のほうに消えていった。



 ザザザッ。

 ザザザッ。

 ザザザッ。

 スサノオの解放に成功しました。

 七つのギフトの一つ如月にスサノオが登録されました。

 月読姫の声が頭に流れた。


「そうか、そうか。次はうまくいくといいな」

 父さんは感慨ぶかげに消えていったもやの方を見ながら、言った。

 僕の背中をかるくポンと叩いた。


「どうやら、一段落したようね。一度家にかえりましょうか」

 母さんがそう言った。

 僕たちは母さんの言うとおり一旦、家に帰ることにした。


 Qの運転するスバル360は一路、家にむかって走りだした。


 

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