第48話 魔法使いは拒絶する

 ゆっくりと羽をはばたかせながら、光につつまれた天使ウリエルは僕の顔を見た。


 さあ、選ぶのだ。

 お前が決めるのだ。

 十字架にはりつけにされたどちらかを助けてやろう。

 だが、助けるのは一人だけだ。

 そして決めるのはお前だ。


 その声は流れる滝のように僕の心の中に流れ込んだ。


 ダメ!!

 月彦、その声をきいちゃあダメよ!!

 その天使は支配のギフトを使っているわ。

 その声に惑わされないで。


 月読姫の声が頭の中にこだまするが、その声はだんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなった。


 お前たちでは私にはかなわない。

 黙示録の四騎士の力の前ではイスカリオテのユダが造りしギフトなどは子供のおもちゃのようなものだ。

 だが、お前は運がいい。

 天使ウリエルとなった私が特別の慈悲をもってお前の大切な者のうち、一人だけを助けてやろうではないいか。


 天使ウリエルの声だけが頭の中に響く。


 他の物音は何も聞こえない。


 見える景色もだんだんと映画みたいな、作り物めいた別世界のものに見えだした。


 苦痛に顔をゆがめる母さんも悲鳴をあげて泣いているQの愛らしい顔もどこか作り物のように見えた。


 頭の中は天使ウリエルの声だけとなった。


 どちらかを助けてやろう。


 いったいどちらを選べばいいのだ。

 こんな世界になっても生きる強く、美しい母さん。

 小さいときからいつも一緒にいてくれた、料理上手で優しい母さん。

 僕の憧れの母さん。

 絶対に失いたくない。


 Qはどうだ?

 いや、それはいけない。

 Qも失いたくない。

 Qがサキュバスという存在になったのは僕の責任だ。

 彼女をこんなところで失ってしまっては、助けた意味がない。

 それにQは陽美とは違う、別の感情のようなものが芽生えてきている。

 友情と愛着がいりまじったような感情だ。

 大切な仲魔だ。

 数日間一緒にいただけだが、Qを失いたくない。


 いったいどちらを選べばいいのだ。



「おい、しっかりしろ。月彦、息子よ。俺たちがなぜやつの言う通りにしなければいけないのだ」

 頭の中のすべてをかき消すように、父さんの声がした。

 

 その声を聞き、僕は意識を取り戻した。

 映画のような別世界に見えていた景色が現実のものになる。


「と、父さん」

 僕は言った。

 父さんはじっと僕の目を見た。

 父さんの目は紫色に変化していた。

 アメジストのような輝きをしていた。


「こっちに戻ってきたな。奴のおかしな力でお前はどっかにいっていたんだよ」

 無精髭をなでながら、父さんは言った。

「なあ、月彦。お前、ゲームが好きだったよな。よく陽美ちゃんと遊んでいたよな。ほとんど陽美ちゃんが勝っていたけどな」

 悪いな、ゲームが下手で。

 陽美がゲームがうますぎるんだよ。

「ゲームをしながら、陽美ちゃん、何て言っていたか思いだしてみろ」

 父さんは言った。

 僕は記憶の引き出しから陽美がコントローラーを握っている姿を思い出した。

「相手に主導権を握らせたら負け」

 それが陽美がゲームをするときによく言っていた言葉だ。


「そうだ、その通りだ」

 父さんはズボンのポケットに手を入れ、天使ウリエルの前に進み出た。


「なんだ、貴様は。余興の邪魔をするな」

 そう言い、天使ウリエルは父さんに指をむけた。

 それは母さんやQにした行動と同じだ。

 まずい、父さんも十字架にかけようというのか。


 あれ、でもおかしいぞ。

 何もおこらない。

 何の変化もない。

 父さんはウリエルの前にたち、ズボンのポケットに手をつっこんだままだ。


 天使ウリエルは何度も指を父さんにむけるが、やはり何もおこらない。


「どうしたい、天使さまよ」

 いつものへらへらとした顔で父さんは言った。


「貴様、何をしたのだ」

 そう言い、ウリエルは父さんをにらみつける。


「ほら、お得意のギフトとやらを使ってみろよ」

 余裕綽々の表情で父さんは言った。


「お前、何者だ」

 なおも天使ウリエルは指や手のひらをむけながら何かを念じていたが、まったく何も変化はおこらない。


「俺は魔法使いさ。そして魔法使いは拒絶する」

 そう言うと、父さんの瞳の紫色はよりいっそう輝きを増した。


 父さんは一歩、一歩、天使に近づく。


「お前、来るな」

 手を何度もふり、天使は支配の力を行使しようとしていた。

 しかし、父さんの歩みをとめることはできない。


「嫌だね、拒絶する」

 父さんは言い、さらに歩みを進める。


「こっちに来るな」

 天使ウリエルが言う。

「嫌だ、拒絶する」

 父さんは拒絶する。

「来るな!!」

「拒絶する」

「来ないでくれ」

「拒絶する」

「お願いだ、来ないでくれ」

「拒絶する」


ついに父さんがウリエルの目前までやってきた。

 おもいっきり右手をあげ、天使ウリエルの顔に平手うちをした。

 ばちんと大きな音がする。


 次の瞬間、Qと母さんをはりつけていた十字架は跡形もなく消えた。

母さんはひらりと着地し、Qはそのおおきなお尻を地面ぬぶつけ、痛そうに手でさすっていた。

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